ヘタウマの技巧、浮遊感。
バカミスの巨匠藤岡センセの新作ですが、キワモノマニアが期待しているトンデモテイストは薄味、寧ろ前作「ギブソン」的展開を採用して手堅く纏めた佳作といえるのではないでしょうか。
でも何なんでしょうねえ、この何ともいえない不思議な浮遊感と、眞相が明らかにされたあとの餘韻は。しかしよくよく思い返してみれば、「ギブソン」はいうに及ばず、あのバカミスの傑作(って言葉、何かヘン)「六色金神殺人事件」とても、二人のその後を期待させるような幕引きがシッカリと用意されていた譯で、この雰圍氣は作者の風格なのカモ、……っていうことにようやく気がつきましたよ、トンデモだバカミスだと最後に明らかにされる眞相の脱力ぶりばかりに目がいってしまい、作者が持っている本質に今まで気がつかなかった自分こそがバカモノでした。深く反省したいと思いますよ。
手堅く纏めた、といいつつそこは藤岡センセですから、主人公にも超能力タレントといういかにもな人物を配し、「ゲッペルズ」を髣髴とさせる、「歴史に隠された眞實は」みたいな思わせぶりなプロローグも用意されています。
物語は超能力タレントである主人公の元に大学助教授が持ち込んできた一枚の繪を巡る謀略と、記憶を喪失したこの大学助教授の妻の一日が併行して描かれます。超能力タレントが謀略に巻きこまれていく場面と、記憶喪失の妻の場面との時間の進み方が異なっているという仕掛けに最初は混乱してしまうのですが、やがて妻の場面はある事件が起こった当日であることが明らかにされていき、最後にこの二つの場面が重なり、そこで驚くべき眞相が、……という話。
主人公は超能力タレントといいつつ、実はそんな力は全然なくて、テレビの番組に出演して搜しものを見つけたりする時はもっぱら自らの推理を元に言い當てているに過ぎません。そんな主人公の過去が冒頭部分で語られるのですが、これがいい。子供の頃、自分には不思議な能力がある、と確信するに至ったある事件があるのですが、結局それも全然超能力ではなかったというオチで、ここではさらりとこのエピソードは流されてしまいます。しかしこれがまた最後の最後でまったく違った事実となって明かされるという仕掛けがいい。何となく、連城的な逆説というか、ひっくり返しかたが非常に心地よい。
主人公の場面と、記憶喪失の女のシーンにおける時間の進み方が異なるためにか、讀みすすめている間は、何が起こっているのかはっきりしない、奇妙な浮遊感にとらわれっぱなしだった譯ですが、二つが重なることによって霧が晴れるように実相が浮かび上がってくるという仕掛けは、當にこの作品のモチーフとなっている「白菊」とも重なります。この構成が素晴らしい。
物語の内側、乃ち事件の實相に凝らされた仕掛けは「ギブソン」風、しかし後半さらに主人公のインチキ超能力も含めた、この物語世界を構築している仕掛けが明かされるところなどは「六色金神殺人事件」に通じるものがあるかもしれません。ただバカミスではありません。勿論超能力というトンデモネタをとりつつも、物語の雰圍氣はシリアスだし、主人公と姿を見せない謎の女の正体も含めて、「ギブソン」風の大人の味を堪能出來る雰圍氣が濃厚です。
更に嬉しいことに、この作品はこの後に續く物語のプロローグに過ぎず、……って何だか「写本室(スクリプトリウム)の迷宮」みたいなお話なんですよ、これが。この幕引きから推測すれば、次の物語の舞台はもしかして、海外になるんでしょうか。「グーテンベルクの黄昏」に相當する本編にはかなり期待してしまうんですが、何しろ作者の藤岡センセは寡作家だし、……なんて思っていたら、あとがきを讀んで吃驚ですよ。曰く、
わたしは半年に一作というハイペースで書きまくる作家なのであります。あまりにバカミスのために(わたしはそんなつもりで書いているのではないのにもかかわらず、そう評価されます)なかなか出版にまで持ち込めないというのが現実なのです。
気になるのは、「なかなか出版にまで持ち込めない」というくだりでありまして、これは藤岡センセ自身が「これはあまりにバカだからやはり本には出來ないよなあ」と自主規制してしまっているに過ぎないのか、それとも書いた作品を編集者に見てもらったものの「藤岡センセ、こりゃああまりにバカ過ぎますよ。ミステリにも純愛とか泣ける話が求められている昨今、こういう作風はバカミスとかキワモノミステリに分類されてしまってメガヒットは當然望めない譯で、出版は無理ですねえ」なんてダメ出しされてしまっているのか。
まあ、最近のミステリの流れからは明らかに乖離している作風ではありますけど、「ギブソン」とか本作には何ともいえない大人の味があるように感じられるのは自分だけでしょうか。藤岡センセの文章は素っ気ないし、艶がないし、どうにも讀みにくいヘタウマ感はあるものの、全体から釀しだされるこの不思議な餘韻は非常に貴重。個人的には最近の志水辰夫や泡坂妻夫にも通じるような氣がして、結構好きなんですけどねえ。
という譯で、個人的には作者の作品の中では一番好きかもしれません。仕掛けの派手さは「六色金神殺人事件」に讓るものの、最後に超能力ネタを交えた實相が反転し、白菊のモチーフが浮かび上がるという構成、そして地味ながら「ギブソン」の風格をさらに洗練させた雰圍氣。「本編」が出た時にはまた讀みかえしてみたいと思います。おすすめ、ですけど、バカミスは期待しないように。意外とマトモです。