ビヤ樽親父が三流芝居を繰り廣げる勘違いメタミステリ。
イロモノしか書けない二階堂氏が、イロモノであることを自覚してイロモノを書いたら、……まあ、どんなものになるか大凡予想がつこうというものですよねえ。要するに本作はそういう作品でありまして、今までずっと手をつけないでいたのもそういう理由だった譯です。まあ、文庫にもなったし、ということで手にとってみたんですけど、これは何ともはや、ですよ。
まずもってミステリーリーグにして書き下ろしじゃないってところから納得出來ないんですけど、まあそんなのも収録されている中身が良ければ納得ですよ。しかし収録されている三篇すべてがこれでは、ねえ。
物語は「開幕の道化芝居」と題して、作者の二階堂氏が自らの作品の登場人物のシオンと話をするところから始まるのですけど、何しろサトルシリーズの中でもあまりにイケてないキャラであるシオンがこれまた寒すぎる台詞回しでノッケから三流芝居を演じてみせるから參りますよ。ここでメタ・ミステリーの定義とやらを開陳し、さらには自らのウェブサイトのアドレスを添えつつ「奇跡島の不思議」や「宇宙神の不思議」を大々的にアピールするところは如才ない。
そもそもここで述べられているメタ・ミステリーの定義からして自分は完全に引いてしまったんですけど、まあこれについては作者がブチ挙げた「定義」ですから讀み手の意見はひとまずおいて、ここは作者に從うしかありません。
で、何だか三流のアングラ劇團のお遊戲が開幕し、ビヤ樽親父が「ウオッホッホッ」なんて登場するものの、あまりのクダラナさにキワモノマニアの自分でさえも一体どう切り返していいものか困ってしまう譯ですよ。
また登場人物たちがいちいち「これはメタ・ミステリーだ」と騷ぎまくるのも鬱陶しく、「「Y」がふえる」では有栖川氏、法月氏の名前を出しつつ、メタ・ミステリーを裝ってはいても、これではどう転んでも竹本氏のウロボロスには遠く及びません。またこういった内輪ネタで話を轉がしつつ、幕間で楽屋落ちだと自らツッコミをいれるところがこれまたイタい。
事件の方は核シェルターの中で殺人事件が發生するのですが、その殺害方法はというところで三流俳優たちがわいわいと実のない議論を繰り廣げます。最後はビヤ樽親父が「うぉほほほほ!」と寒すぎる高笑いを響かせて御登場、「バッカスよ!」の決め台詞とともにバカミスな真相を開陳して、ジ・エンド、……って何ですかこれは。とにかくバカが「俺はバカだから」と言い訳をしてみせるほどクダラないものはない譯で、いうなれば本作はまさにそういうお話な譯です。
續く「最高にして最良の密室」も、バカミスめいた真相をビヤ樽親父が明かしてみせるという展開は同樣で、三流俳優どもが觀客の空気を無視して陳腐な演技を演じてみせるというのも變わりません。
「雷鳴の轟く塔の秘密」は前の二編に比べればいくらかの長さを持っているだけ、まだミステリとしての體裁を保ちつつ、バカミスへと轉じるギリギリのところで留まってい、……といっても、ビヤ樽親父だけでも暑苦しいのに、今度は鼻のひしゃげたへの字デブまでこれに加わり、作者いわくデブの二人が「がっぷりとよつに組んで」の探偵對決が繰り廣げられる、というのが幕間での作者の前口上。
實際は對決も何もあったものではなく、背中からナイフでグサリとやられて塔から落ちた死体に、ピラミッドの謎も絡めて謎解きが行われるものの、ビヤ樽親父が推理のほとんどを喋り散らしておしまいですよ。への字デブの方は最後の最後に大風呂敷を広げたピラミッドの謎に對してバカミスの真相とやらをブチ挙げるだけで完全に脇役。
で、この物語が終わったあと、「閉幕の道化芝居」と題して、再び作者の御登場と相成る譯ですが、登場人物の「こうしてメタなミステリーばかり並べてみたことに、何か意味とか意義ってあったのかな」という質問に「少しはあると思って、こんな連作集を作ってみたんだが、まあ、その評価は読者や評論家が下すことだよ」と書いています。まあ、一讀者としていわせてもらえば、メタミステリーの定義を取り違えると、トンデモないクズになる、ということはよく分かりましたよ。
登場人物たちが小説の中の人物であることに自覺的な例として「三つの棺」を取り上げつつ、「メタ性に対する立場表明を明確にした方が良い場合もある」なんていってますけど、メタというのは作品の質の低さの言い訳にはならないでしょう。バカミスでいくのであれば、それは作品の中で完結しているべきですよ。内輪モノのおふざけが釀し出す不快感は「稀覯人の不思議」にも通じるものがありますねえ。まあ、自分としてはまったく受け付けられない風格です。
という譯で、二階堂氏の作品の中では最大級の地雷。内輪ネタに堕しているところからクズミステリとしても半端だし、勿論メタミステリの意味を取り違えたクダラなさはミステリマニアからみれば万死に値するといえるのでは。もっとも本作のようなメタミステリを名乘ったまがい物に對するアンチテーゼとして、芦辺氏の歴史的傑作「紅楼夢の殺人」が描かれたというのであれば、それはそれで本作にも存在意義はあったのかなあ(過去形)と思ったりもするのでありました。