ノスタルジア幻視力。
作者の作品では、前回取り上げた「吸魂鬼」よりもリリースはこちらが先で、「イースター菌」に収録されていた「窓鴉」と竝ぶ作者の傑作「連想トンネル」を収録、更にはパラレルワールドをセンチメンタルな雰囲気で綺麗に纏めた「見えない恋人」、そして男の一人語りが久作フウの狂氣へと変じる「首吊り三味線」など、本作の完成度はかなり高いと思うのですが如何でしょう。
最初を飾る「連想トンネル」は眼底検査で目藥をさした男が異世界を見てしまうお話。光輪の中に現れるペンギン、無數の精子といったグロテスクな幻視力が炸裂するこの作品、作者にしては珍しく美しいハッピーエンドで締めくくります。
語り手の男は妻帶者ながら妻との關係は最惡、彼はこの目藥によってもたらされる幻視力を借りて不倫相手と人生をやり直す方法を思案します。不倫相手の女性が撮影した昔のスナップ写真といった小道具も絶妙な效果をあげていて、異世界とタイムトラベルを組み合わせた手法が見事に決まっています。相變わらず要所要所にエロを見せるあたりがアレなんですが、これほど綺麗にハッピーエンドで幕引きとなる作品は作者のものとしてはかなり異色。飄々とした語りも面白く、作者の作品のなかではかなりの好み。傑作でしょう。
續く「見えない恋人」はこれまたパラレルワールドネタに作者の得意のセンチメンタルな風味を添えた佳作で、ある日、アパートの一室で女の声を聞いた主人公は、その女性が併行世界に住むことを知るに到ります。で、二人はお互いの姿を見ることが出來ない乍らも次第に惹かれていって、……とカジシンだったらここで浪漫風の美しい物語で盛り上げていくのでしょうけど、式貴士ワールドでは御約束のエロがここでも炸裂。
やがて二人は別れてしまうのですが、語り手が平凡な女と結婚し、新居で生活を始めると再び彼女の声が聞こえてくる。併行世界の彼女はサド男と結婚しひどい目にあっているらしく、一方語り手の男も妻との生活はずれまくるばかり、自棄になった男が妻に暴力を振るうに至って、妻はマゾ女へと変貌、そして女は夫を、男は妻を殺してしまい、……。最後にさりげなくミステリ風のオチを殘しているところにニヤリとしてしまう作品です。
「ロボット変化」は大學の劇團に入部したモジモジ君が主人公。劇團では人間が次第にロボットへと化けていくという鉄男リスペクトの演劇を企畫しているのですが、好きだった劇団員の女に騙されていたことを悟った彼はこの演劇の筋書き通りのロボットへと変貌していき、……という話。
「首吊り三味線」は以前取り上げた「鉄輪の舞」にも収録されていた作者の代表作のひとつ。首吊りの講釈を垂れる男の一人語りで話が進むのですが、淡々と、そして時には感極まって歌い出す男の狂氣がイヤ感を釀し出していて、空氣銃で猫を打ったり(嗚呼、「ピーや」……)、殺した妻の体から皮膚をはぎ取ってそれを鞣したもので三味線をつくったりと、作者らしいグロが開陳される語りはなかなか強烈。終盤些か驅け足になってしまうところが殘念といえば殘念なのですが、久作フウの狂った一人語りがうまく決まっている一品です。
「文明破壊作戦」は、宇宙人が地球の人間の手を使えなくしてしまい、文明の破壊を企てるという一発ネタに、作者特有のナンセンスを絡めた作品です。一発ネタで強引に話を展開させていくところがいかにもな出来榮えですが、文明のキモが人間の手にあるところに着目したネタは秀逸。
「猫は頭にきた」もナンセンスな風格を前面に押し出した作品で、とある大企業の社長令嬢の婿候補として選ばれた男の一人が語り手で、その令嬢がかわいがっている猫が物語のキモ。例によって猫の蘊蓄を開陳しつつ、その猫の尻尾をつかむと猫の魂と尻尾をつかんだ人間の魂が入れ替わってしまうというナンセンスなネタで話が進みます。
猫の尻尾をつかんだ語り手がまず猫と入れかわり、そして次には、語り手の魂が入った猫と令嬢が入れ替わってしまう。猫になってしまった令嬢と語り手はある奸計を企てて、語り手の体のなかにいる猫を始末しようとするのだが、……。
最後の「マスカレード」はテレパスが使える男女の交流を描いた物語で、センチメンタルとノスタルジアの風格が見事に融合した傑作でしょう。
幼なじみだった二人はある出來事をきっかけにテレパスを封印して成長します。男は大學院で研究発表を行うのですが、教授の策謀にあって失敗、更に彼は女に愛を告白するものの、彼女からは「望みなき愛」を意味する黄色い薔薇が送られてくる。男は失意の末に自殺を図るのだが、……。タイトルに込められた花の意味と哀しい結末が傑作「窓鴉」を思わせる短篇で、これもかなり好みですねえ。
収録作の中で一番のお氣に入りは、といったらやはり表題作の「連想トンネル」でしょうか。とにかく上にも書いた通り、作者には珍しいハッピーエンドの結末と、當事は非常に斬新だった幻視力、そして目藥という小道具にパラレルワールド、タイムトラベルを絡めた作品で、全てのネタが見事に決まっているところが素晴らしい。
作者の風格という点では、最後の「マスカレード」も、エロ、ノスタルジア、センチメンタルが鏤められた好篇でしょう。ナンセンスとセンチメンタルという組合せでは「見えない恋人」がいい。併行世界の描写が何処となく「イースター菌」に収録されていた「東城線見聞録」を髣髴とさせるところが面白い。
とはいいつつ、本作もまたまた絶版ですよ。「首吊り三味線」は「鉄輪の舞」に収録されているものの、「連想トンネル」が入っていないのは甚だ疑問。というか、もうハルキ文庫あたりからのリリースは絶望的なようなので、何とか出版芸術社の方から式貴士傑作短編集第二彈というのを出してくれませんかねえ。