ジャケ帯に曰わく「世にも奇妙なボンデージ・ミステリ」。
漢字にすれば変態緊縛探偵小説ということになりますか。とにかく奇妙な、というのはその通りで、首締め、コルセット、ラバーゴムといったアイテムに異樣な執着を見せる短篇が勢揃い。変態度は前回ここでも紹介した、同じくふしぎ文学館シリーズの「べろべろの、母ちゃんは…」、通称「べろ母」(モナドさん命名)に一歩讓るものの、幻想と奇想はこちらが上でしょう。昔ながらの、あの時代のエロスをタップリと堪能出來る傑作怪作が目白押しです。
アニメキャラのような尻尾のある小惡魔のお噺「女には尻尾がある」、コルセットマニアの男に付き從うマゾ女の末路「白昼艶夢」、新興宗教を舞台にDV教祖とマゾ女の根競べが出色の「巫女」、死んだ妻の導きによって強姦魔にされてしまった男の受難「死霊」、マネキン師といい乍らつくっているのはダッチワイフという男の妄執を描いた「人形はなぜつくられる」などなど、これまた全てをタップリ紹介しようとすると軽く二エントリになってしまいそうなかんじなのがちょとアレなんですけど、まあ、出來る限りセーブしながらいきたいと思います。
最初の「くびられた隠者」は既に鮎川哲也編の「 怪奇探偵小説集〈3〉」で取り上げたのでそちらを參照してもらうとして、次の「女には尻尾がある」から。ちなみにこの「女」には「すけ」というふりがなが振ってあるので、そう讀んでいただければと。
語り手の僕が上州屋と居酒屋で飲んでいると、刑事が女を訪ねてきます。刑事が店を出て行くと、酒好きの上州屋がその女のことを語り始めて、……という話。
この界隈でパンパンをやっていたその女、ヒロミには狐のような尻尾があるんだと上州屋はいう。夜這いをかけた時、彼女には尻尾があるのを見つけたという上州屋の話を、醉っぱらいの戲れ言と一向に相手にしない僕でしたが、男を抱いていないと尻尾がどんどん長くなる、だから一時でも男は欠かせないというヒロミの言葉を引用しながら話を盛り上げる上州屋の話にスッカリ引き込まれていったその刹那、當のヒロミが突然店にやってきます。
僕たちが「刑事が探していたよ」というと、ヒロミはかつて自分がやらかしてしまった事件のことを語り出して、……とここで昔話フウの幻想譚が唐突にミステリへと転がります。あれよあれよという間に刑事が現れて、ヒロミはその場を逃走、果たして僕が見たものは、……というところでオチがついて終わります。
何というか、このままだと単なる艶エロ幻想小噺で終わってしまうので、ムリヤリ探偵小説テイストを後半にぶち込みましたよッ、という投げやり感が何ともいえない眩暈を引き起こす佳作です。
續く「白昼艶夢」は當にボンデージ嗜好が炸裂した怪作で、砂濱から女の死体が見つかるのだが、その死体というのが実は、という話。この話の主人公はその死体の女、えり子の戀人であった男でして、これが偏執的なコルセットマニア。自分を慕っている女に半ば無理矢理コルセットを装着させようとするのですが、女は彼には嫌われたくない一心で、痛いのを我慢しながら男のいう通りに從います。
腹が痛くなれば、「お腹が痛いのは、僕のせいじゃないよ。あてつけみたいに云うなよ」とかいうし、かといって貴方が好きだからといえば、じゃあその好きな証拠を見せろとばかりにコルセットの紐をグングン締め上げていく。この男、コルセットマニアだけども、その心の闇にはサドの黒い血がドクドクと流れている譯です。
女は体調を崩して太ってしまうのですが、それでも男は容赦しません。苦痛に耐えながらもコルセットでギンギンに締め付けられ、ボンレスハムみたいに肉のはみ出した體を震わせながら、どうかあなた、私を捨てないで、と健氣に從う女があまりに哀れですよ。結局女はそのまま死んでしまい、そこで刑事が男を訪ねてくるのですが、果たして……とこのラストはあまりに鬼畜。そして女の哀しい献身もすべて無にする男の開き直りが何とも鬱になる幕引きはアンマリです。
「楽しい夏の想出」ではあからさまな変態はないものの、年下の男を翻弄する謎の夫人がいい味を出しています。主人公は海岸でアイスクリーム売りのバイトをしている僕。仕事を終えて何氣に遊園地を通りかかった僕は、謎めいた夫人に逆ナンされ、絶叫マシンに乗せられます。
それをきっかけに夫人はふらりと僕の前に現れては、喫茶店で露出プレイに付き合わせたり、大砲アトラクションの相手をさせたりします。夫人の艶っぽい魅力にとらわれてしまった僕は、危険を感じながらも彼女のいいなりになり、そして……という話。
しかしこの夫人の強引な語りが何ともいえないんですよねえ。語り手の僕のことを「きみ」とかいうんですけど、下手したらこれだけでノックアウトという御仁もいるのでは。そして絶叫マシンに誘う時は「きみ、あたしと乗るね」、道端で偶然出会ったことを裝いながら「ねえきみ、駅までつき合うね」って、年下のモジモジ君だったらこの夫人の怪しい魅力の虜になってしまうのは當然でしょう。
しかしこの夫人、喫茶店の中で暑い暑いとかいいながら突然水着になってしまったりと、ハタから見ていたら完全に淫乱かキ印か、いずれにしろ絶對に普通の女性じゃありえないんですけど、何しろ「実に華奢なからだをし」て「顏は薄肉」、「白人のように白く整っていた気品がある」年上の美人、おまけにこちらは恐らく童貞男。主人公がヤバいヤバいと思いながらも逃げられないというのも分かりますよ。そして物語は後半に登場する怪しげな亞細亞人の男や、夫人を尾行する影なども交えて展開し、最後の最後で夫人の正体が明かされます。
「不思議な世界の死」は妙なかんじで目を覚ますと、譯の分からないところにいて、……という男の受難を描いたお話ながら、最後にマッドサイエンティストが一枚噛んでいたといオチが何ともなナンセンスもの。変態緊縛風味は皆無のごく普通の奇想小説です。なのでここでは軽くスルーして、次に進みましょう。
「ひつじや物語」は二百軒近い飮み屋が立ち竝ぶ一郭にオープンした獣姦専門の風俗店のお話。獣はタイトルにもある通り羊で人間の男とヤるようにしっかりと調教されているこの羊と、その羊を好きになってしまった子供の温かい交流を描いた物語、……などでは決してなく、淫乱羊に手籠めにされてしまった(っていうのか)少年と、それを知った風俗店の店長が激しい口論となって、……。最後の四行で物語が因果應報へと転化するのが素晴らしい。
収録作の中で一番キているのが次の「巫女」でありまして、舞台はインチキ新興宗教、前半はこの教團に關係した弁護士の語りで進みます。教團の巫女が死んだという知らせが入るや、この弁護士が亡くなった巫女の手記を明らかにして、……とここからが本番です。
幼い頃に兩親を失ったという彼女は教團に預けられ、巫女の修業に励みます。そこで時雄という男と知り合うのですが、これが鬼のような暴力男だったのが彼女の不幸の始まりですよ。時雄の奸計に陷り教團を追われた二人は、外界にくだり二人だけで布教活動に勤しみます。男はことあるごとに女へ暴力を振るい、首を絞めるわ、縛り上げるわ、突き飛ばす、蹴り倒す、シバき倒すともうやりたい放題。しかし女の方もそんな暴力に適応するかのごとく、シバかれている間に強烈な陶酔的快感を得るマゾ女へと変貌していきます。
もうこの暴力男の布教活動というのが完全に常軌を逸しておりまして、カリエスで歩くことが出來ない娘の家を訪ねたときの逸話がかなり強烈。娘が歩けるように神樣にお祈りをする、しからばと、連れのマゾ女の足をギュウギュウに縛りあげて、「あなたに代わってこの足を神樣に差し上げたい」とか嘯きます。「巫女様の兩足が腐って落ちる前に神様のお惠みにより、お孃樣がお立ちになって、この紐をお解き下さいますように……」といい捨てると自分は隣の部屋に移ってインチキな祈祷を始める始末。
男の祈りが通じたというよりも、苦痛に耐えるマゾ巫女のあまりの凄慘さに拍たれたのか、娘は自分の足で歩くようになるのですが、マゾ女の方はその後遺症で半年も歩くのに不自由な状態を強いられます。しかしこの一件で男は信者の大量獲得に大成功、やがて大きな教団へと成長します。
そこに現れたのが若い巫女の見習いで、男は彼女に見とれてしまうというのは御約束、そうなれば、長年連れ添ってきた女は不要品と捨てられるのもこれまた當然でありましょう。更にはこの若い巫女見習いもマゾ的な從順さで男の寵愛を受けることに成功したときたから女も黙ってはいられませんよ。
若い娘とサドマゾプレイでイチャイチャしている男を見ているのに耐えられず、「私を殺してからにしてください……」といえば、男の方は「殺したってつまらない。死にたきゃ、自分で死ねばいい」と言葉責めで切り返す。しかしマゾにはマゾの誇りがあります。そこで女が口にした台詞というのが、
「では、死ぬほどひどい目にあわせて下さい。どんなことだって……。喜んでさせていただきますわ。あなたに愛されないでは生きてゆけないのですから……。どうぞ、お見捨てにならないで下さいまし……」
「どんなことって、——お前には、みんなやってしまったじゃないか」
「いいえ、まだまだいくらでも方法はありますわ。あなたを夢中にさせる変わったことだってありますわ。辺見(若い女巫女のこと)はまだ子供ですもの……。私ならどんなことだって馴れておりますもの……」
しかしそんな彼女の必死な言葉にダメ出しする男の台詞というのがまたふるっています。
「その馴れているのがいやなんだよ……」
それでもシツコク言い寄ってくるマゾ女にブチ切れた男は馬乘りになってボコりまくるのでありますが、
「もっと!もっと……。顏がつぶれるほど……」
「つまらない!お前にはちっとも反応がないから……」
そこに若い巫女見習いが乱入し、「時雄様は私のもの!」「いいえ、私のもの……」なんていうのを傍らでニヤニヤ見ていた男は、それなら二人で裸になって取っ組み合いの喧嘩でもやってみろ、と女鬪美でカタをつけさせるのかと思いきや、二人の女性を裸にして縛り上げての我慢大會を即敢行。辛くも勝利した女に対して男は、
「やっぱり俺は辺見の方が可愛いよ」
「何故ですの?あなたは勝った方が殘るのだと、おっしゃったじゃありませんか」
彼は横を向いて立ち上がりました。
「うるさい事をいうなよ。結局の処は、辺見は若く、お前は婆さんだ、と云う事なのさ」
「お婆さんですって?あなた!まだ三十にはなっておりませんわ」
「だが二十九にはなっている。立派な婆さんだ!」
結局あまりにシツコい彼女に嫌氣がさした男は彼女を事故に見せかけて殺そうとする。それを知った彼女はこの手記を殘して弁護士に託して、……と、一度主人と決めた男には何があろうとも付き從うマゾ女の悲壯感が何ともいえません。
……って書いていたらまた長くなってしまいましたよ。これでまだ半分もいっていないんですけどねえ。やはり二つのエントリに分けた方がよさそうなので、後は次に回すことにします。
後半は、病弱な妻と毎晩ヤリまくりで死なせてしまった男が妻の死後献身で強姦魔へと変貌する「死霊」、ダッチワイフづくりの名手が極めた究極の人形とは「人形はなぜつくられる」、サド女の宅を覗いたばかりにボコボコにされてしまう泥棒たちを描いた「泥棒たちと夫婦たち」、ゴキブリ嫌いの男がブチ切れた末に犯した殺人「虫のように殺す」、これまたマッドサイエンティストもので、妻の顏にソックリなパンパンが町中にあふれかえる「変面術師」、男を矮人に變えてしまうキ印博士を描いた「矮人博士の犯罪」、ラバーフェチ夫婦の末路を描いた「掌にのる女」、ボーッと讀んでいるともしかしたらアレ系にも思えてしまう「僕はちんころ」、コルセット嗜好と羽衣伝説の強引な融合が素晴らしい「天人飛ぶ」を予定していますのでこうご期待。という譯で、以下次號。
日本推理小説体系を借りてきて、巫女だけ読みました。
それにしてもヘロって名前はとっても萌えづらいです。
モナドさん、こんにちは。
一人稱の語りだったので、語り手の名前はあまり氣にしていなかったんですけど、讀みかえしてみたら、……なるほど、流石にカタカナで「ヘロ」ではありませんでしたが(^^;)、それでも漢字で「片呂」っていうのはあんまりですね。「片」も「呂」も魅力的ではありません。しかし、渋谷ダダよりは良いと思います(爆)。