木っ端微塵の人間花火にシリコン整形福笑い。
前回の續き。あの渡辺啓助御大のレビューでも前半後半の二篇で濟ませたというのに、今回は三回ですよ。まあ、それだけズルズルと書いてしまう程の魅力をどの作品を持っているということな譯で。
さて三篇に亙ってしまった海野十三集も今日でしっかりケリをつけたいと思います。後編となる今回は、帆村シリーズでありながら、猫丸先輩の連作短篇を思わせる洒落っ氣に思わずニヤリとしてしまう「人間灰」、そして電波系のカタカナ地獄が讀者を直撃する「顏」、更には蠅をモチーフにしたナンセンス炸裂の連作ショートショート「蠅」、某國のスパイも交えた活劇風味も痛快な、これまたトンデモ科學が微笑ましい「盲光線事件」、そして表題作にもなっている「三人の双生児」と、どれも決して見逃せないものばかりです。
まずは「人間灰」でありますが、これは帆村シリーズでありながら探偵がなかなか登場しないところが面白い。六人の雇い人が次々と謎の失踪を遂げた空気工場がありまして、何でも強い西風が吹くときに失踪事件が発生するという噂がある。そんな譯で雇い人たちは強風が工場のあたりを吹き荒れるとガクガクブルブル。
で、例によって強い西風が吹き荒れる夜のこと、件の空気工場から少し離れたとある村で、全身血まみれの不審な男が警察に逮捕されます。男の供述によると、村を越えて湖を舟で渡っていたところへ強い西風とともに冷たい雨が降り注いだという。果たして失踪事件と西風、そしてこの冷たい雨の正体は如何に、……という話。
結局西風が吹き荒れる時だけに失踪人が出るというのにはチャンとした理由があって、そこにまた例によってトンデモな方法で死体を処理した輩がいる譯ですが、そのトンデモなやりかたというのがタイトルにもなっている人間灰。死体をとある方法でナニしたあと、氣球に乘せてバーン、という趣向でありまして、最後にこれを推理する段になって帆村探偵が現れます。
續く「顏」も帆村探偵のシリーズもの乍ら、「俘囚」と同樣、眞相は探偵の推理によって解かれるものの、その裏へさらに、……というラストが洒落ています。物語はとある教授が頭に浮かぶ女性の顏のことで悶々とするところから始まり、そのあとは眩暈がしてしまうほどのカタカナの電波文が續きます。事件が始まるのはこの後で、舞台は變わり帆村探偵の事務所に一人の婦人が訪ねてきます。
婦人は自分が何かの事件に卷き込まれているかもしれないといい、結婚して四年、夫婦は既に倦怠期に入って夜の生活も一向に盛り上がらないでいたものの、ここ一月ほどの間、旦那の態度が變わってきたという。旦那は妙に積極的になってきてそれはそれでいいのだけども、どうにも理由が解せない。また旦那の親友の彫刻家がここ最近行方不明になっていてそれもまた旦那の態度の變わりようとともに氣に掛かっている婦人は、自分の家に來てこの不審を解いてくれと頼みます。果たして帆村がその家を訪ねると、寢室にあった奇妙なマスクを見つけ、……という話。
そのマスクと親友の失踪から帆村はある眞相を推理するのですが、そのあとのオチが強烈。結局、その裏の眞相は変態夫婦がアレだったということなのですが、最後にこれが明らかにされるシーンはなかなか強烈、というかこのナンセンスなオチに思わず苦笑してしまいますよ。
「蠅」は全七話からなるショートショートで、これがまたどれもかなりの出来榮えであるところが怖い。巨大蠅の卵が都会で孵ってしまいトンデモないことになる話、極左の陰謀に蠅が使われる話、窓に蠅が群がってくるのを訝る男の話などなど、短い乍らも奇天烈なネタにシッカリとオチをつけて話を纏めてしまう。何となく楳図センセの「闇のアルバム」あたりを髣髴とさせる仕上がりに大滿足の作品です。
「不思議なる空間断層」は夢野久作っぽい氣狂いの話で、夢の中で人を殺しその夢の中で逮捕されたおれの語りで進むものの、最後になって語り手がこちらに向かって声をかけてくるという構成が光っています。このあたりに久作というよりはミステリ寄りの、凝った仕掛けを見せてくれるあたり、やはり作家のベースは探偵小説なのだなあと納得してしまうのでありました。
「盲光線事件」では、懲りまくった構成を排して、カメラマニアの息子と部長刑事の父親が力を合わせて某國のスパイの所行を突き止めるという話。物語は直線的に進み、ここでも某國のスパイがいかにもトンデモなアイディアで何かしている、ということが息子の寫眞から明らかにされる展開が小氣味よい。後半にはこの物語の脚本も収録されています。
「生きている腸」は「怪奇探偵小説集〈3〉」のレビューを參照していただければと思います。
そして最後を飾るのは「三人の双生児」。もう名前からして何かありそうじゃありませんか。双生児なのに三人。實際この物語の語り手であり主人公でもある妾も、実父がしたためていた日記帳から見つけたこの言葉を訝しく思うのでありますが、エログロに精通した御仁であればピン、とくるのではないでしょうか。双生児、二人なのに三人だったら、……ってまあ、實際その通りなんですよ。
尋ね人の奇妙な廣告を新聞に掲載した妾は、幼少のころ家の中の暗い座敷牢に閉じこめられていた男の子のことが氣になって仕方がない。で、この新聞廣告の目的というのも、この幼少の頃の記憶にある男の子を捜すことでありまして、この稚兒というのは恐らく自分の歳のころとほぼ同じ、別段頭がおかしいようにも見えないのに、何故座敷牢に閉じこめられていたのかが分からない。
とはいえ、妾が來るたびに男の子の齒並びが違っていたりと、いかにもそれらしい「伏線」が張られているあたりが面白く、やがて件の新聞廣告を見て現れた女探偵や、肩のところに醜い疵のある見世物小屋の変態男「世界に唯一人の海盤車(ヒトデ)娘」が現れたりして俄に不穩な空気が流れ始めると、いよいよ殺人事件が発生。変態男の海盤車娘が殺され、今度は怪しげな醫學師の男が妾のところにやってきます。果たして父の残した三人の双生児という言葉の意味は、そして自分の兄弟というのは誰なのか、……という話。
とにかく妾の前に現れる人物が總じて胡散臭く、海盤車娘の曲藝を見世物小屋でやらされていた男にいたっては、妾も地の文でシッカリ「変態男」と言っていますからねえ。妾を訪ねてくるや、病気で働けない腹が空いたなんていってワラワラと縋りついてくるものだから、妾があんたは私の兄弟じゃない、なんていうと、今度は突然發作を起こして床の上を不氣味に轉げ回るという始末。
更に物語の後半に現れたこの醫學師というのも胡散臭さという點ではスバ拔けてい、ついには妾に人工授精を施して自分の子供を実驗の為に産ませようという氣狂いだったことが発覺、それでも妾が妙にキョトンとしているあたりは「俘囚」のダルマ女と同じで、いかにも作者の物語の出演者らしく、何が起きても慌てません。このアッケラカンとした登場人物がまた話の筋に絶妙なナンセンスを添えているところが作者の風格でありましょう。
こうして見ると、メジャーの作者と、トンデモと怪奇趣味、変態奇形と、作品のテイストは同じ乍ら蘭郁二郎がマイナー作家のままで終わってしまった理由が分かるような氣がします。蘭郁二郎の場合、変態を書かせるとどうにも筆がノリ過ぎて(自分と同じ)、それがまた物語とは離れたところで妙な雰圍氣を出しまくっているのに對して、メジャー作家海野十三の場合、変態はあくまで添え味に過ぎません。まずは奇想を元にした奇天烈な物語の展開があり、トンデモと変態には深く踏み込まずそのあたりはあっさりと纏めています。
キワモノ好きの自分としては、蘭郁二郎の、変態のディテールにも執拗なこだわりを見せる作風をリスペクトしてしまうのですが、實際本讀みで自分のような人間は少數派。大勢の支持を得るにはやはり奇想と構成で魅せる海野十三に軍配が上がるのでしょう。
という譯で、実は結構普通の人でもイケると思うんですよ本作は。キワモノミステリには凄く凄く興味があるけど、何だか怖そうだし、と躊躇している紳士淑女にこそ手にとっていただきたい怪奇変態奇想小説の入門書。乱歩は面白かった。で、もう少しハゲしいのを、という方にも自信をもっておすすめしたい傑作選です。
さて、今日から札幌へ遊びに行ってくるので、次の更新は日曜日になると思います。最もシッカリ本も鞄に詰め込んでいくのでホテルで更新する時間があればやるとは思うんですけど、果たしてどうなるか。