ある意味奇蹟。
リリース順としては「地獄の奇術師」の方が先、というものの、本作は氏が鮎川哲也賞に応募した作品ということもあって、個人的にはこちらの方を氏の處女作と考えたいところです。というのも、本作に込められた氣合い、乃ち氏の本作に込められた本格魂が尋常ではないからでありまして。
立風書房でリリースされた單行本で本作にふれて以來、新書、そして今回の講談社文庫と都合四回は讀んでいる計算になりますか。まあ、自分にとってはそれだけ衝撃的な作品であったということです。
物語はノッケから「血吸い姫の話」と題した序章より始まります。このあたりの虚假威しも效果滿點で、續く「雪の中の予言」と題した第一章、喫茶店で教授を交えてミステリ談議に花を咲かせていた學生連中のところに、般若面の女が殺人の予言をして立ち去るシーンなど、とにかく正史テイスト溢れる展開がいい。
そして蘭子と黎人を交えて、三姉妹のいる雅宮家の謂われが語られ、二十四年前の不可能犯罪のことが讀者の前に提示されます。このあたりの王道を行く筋運びに安心していると、インチキ靈媒師の登場によってすぐさま殺人が発生。二十四年前の足跡のない殺人に續いて、今度は密室殺人事件と、とにかく不可能趣味溢れる謎を次々と繰り出すあたりに氏の本作に賭ける意気込みをヒシヒシと感じてしまうのでありました。
續いてまたもやテニスコートで足跡のない殺人が発生し、都合三つの不可能犯罪が開陳される譯ですが、やはり一番ゾクリとさせられたのは、二十四年前の足跡のない殺人でしょう。
この殺人が何か異樣な感覺を催すのは、この犯人像と、この犯人だからこそ可能だった犯行方法というところにありまして、誰しもがこの犯人を目の當たりにしてクイーンの某作品を想起されたことでありましょう。いや、實際自分もそうでした。本作の場合、クイーンのあの作品に比較すると多分に映畫的で、雪の中に犯人が男を刺殺するシーンをまざまざと思い描くことができるほどに強烈です。
犯人像と分かちがたく結びついたこの犯行方法、そして犯人の狂氣が探偵の推理によって明らかにされたあとの後味の惡さ、薄氣味惡さは二階堂作品中隨一で、よくよく考えてみれば、魔術王の犯人像というのも、生來の悪魔という點で本作の犯人と多分に重なるところがあるように思います。それでも魔術王の場合、乱歩的な冒険活劇に偏りすぎたきらいがあり、物語の中から立ち上る毒氣は本作の方が遙かに上。犯人像、仕掛け、そして事件の背景と全てが有機的に結びついた結果として必然的に生み出された物語故に、本作には氏の他の作品とは異なる強い説得力があるように思うのですが如何。
密室殺人は氏もあとがきで認めているとおり、チンケなものなんですけども、死体が発見された状況を細密に描写して手掛かりをさりげなく見せておくあたりに、氏の、讀者にはフェアであろうとする志を感じます。またもう一つのテニスコートにおける足跡のない殺人も、仕掛けそれ自體は單純ながらなかなかのもの。しかしそれでも二十四年前の殺人に比較すれば小粒に見えてしまうのは、それほどまでに過去の殺人の仕掛けが強烈な故でしょう。
思うに本作が成功している理由というのは、上にも書いたように、犯人像、事件の背景、そして犯行方法の全てが見事なほどに結びついている為だと思うのですが、事件の背景に、氏がリスペクトする乱歩的世界ではなく、敢えて正史的な雰圍氣を選択したところもその理由ではないかと思います。
「魔術王事件」は乱歩の冒険活劇的な側面を前面に押し出した故に成功していると思うのですが、「地獄の魔術師」はどうにも乱歩的なチープさばかりが目だってしまっていたし、「聖アウスラ修道院の慘劇」に至っては、タイトルに虫太郎の作品をほのめかしつつ、その実「薔薇の名前」の物語世界をハリボテで組んだような安易さばかりが目についたトンデモ品。その一方、本作の場合、「美貌の姉妹が出てくる慘劇的な探偵物語」という正史的な物語世界を借りてきて、そこに氏の得意とする不可能趣味の横溢したミステリを展開させたところが成功の所以ではないかと思います。
この手法は、最新作の「カーの復讐」で、アルセーヌ・ルパンの世界をそのまま借りてきて、氏の正史的乱歩的趣味の溢れる物語を組み上げたのに近いといえるのではないでしょうか。乱歩「的」というふうにその装飾部分だけを模倣するだけでは駄目で、本作のように、作品を仕上げる為の骨組(美貌の姉妹が出て来る慘劇的な物語)に過度な脚色を加えずに、そのままそれを活用して物語を展開させた方が、氏は本領を発揮できるような氣がします。要するに背景や骨格を組み上げるのがあまり巧みではないんですよねえ。
そのかわり、乱歩的正史的ともいえる、不可能趣味が横溢した、定番の物語世界にうまく乘せることが出來れば、本作や「カーの復讐」のような素晴らしい作品が生み出される譯です。
さて、本作を傑作、傑作と書いてきましたが、だからといって本作が、氏の目指している本格推理小説であるかどうかというのはまた別問題な譯で。まあ、本作が氏のいう本格推理小説の三條件と四要素を満たしているかの檢証とかやってもいいんですけど、興味ありますか?こういう、何というか、重箱の隅をつつく、みたいな企畫。まあ、要望があれば、氏がサイトで語っていた内容を元に三條件四要素を適用する為のイロハみたいなものを抽出して、それを本作に適用してみてもいいんですけど。まあ、自分としてはあんまり意味はないと思いますよ、そういうことは。