「怪奇探偵小説」というと、ちくま文庫の方を思い浮かべてしまうんですけど、こちらは以前双葉文庫からリリースされ、ハルキ文庫で復刊された方でありまして、鮎川哲也御大によるアンソロジー。
いずれも「怪奇探偵小説」という名前に相應しいチープ感を前面に押し出した作品ばかりで、全編に漂うエログロナンセンスの見世物小屋のごとき雰囲気が、自分のような好き者にはタマりません。まあ、それでも殆どがどうにも頂けない駄作ばかりでアレなんですが。
最初の村山槐多の「悪魔の舌」はそのタイトルの通り、惡食に魅入られてしまった男の物語。冒頭、ことのいきさつをくだくだしく述べたあと、當事者の手記が登場するというのはこのテのエログロミステリの御約束でしょう。
原因不明の奇妙な病気に罹ってから奇妙な惡食に目覺めてしまったこの男、壁、土、紙、腐敗した野菜を喰らい、蛙蛇、蚯蚓や毛蟲といった毒蟲にまで手をつけたとなればあとはもうアレしかありませんよねえ。そう、「人の肉が食いたい」。かくして男はついにその禁断の果実(っていうのか)に手をつけてしまい、そして、……というお話です。
まあ、手記の始めに彼が自殺したことはほのめかされているし、ドンデン返しも何もない結末なのですが、怪奇小噺といった體裁の構成は嫌いじゃありません。ところで牧野修の「病の世紀」に登場する男の一人って、この作品に触発されたんでしょうかねえ。
續くは乱歩の「白昼夢」。あらすじをばっさりと纏めてしまえば、妻を殺したキ印男の街頭演説。これだけです。乱歩らしい、というより久作っぽいような、というか、この當事のエログロ路線の作品はおしなべてこんなかんじだったということでしょうか。
城昌幸の「怪奇製造人」は舊本屋で見つけた日記に書かれてあった恐るべきことは、……というもので、日記という手記にメタ的な趣向を絡めてオチに繋げるという定番の構成が光っているショーショート。ここまで短いとやはりこういうかたちで少しひねった構成の作品の方が自然と評価は高くなってしまいます。
倉田啓明「死刑執行人の死」は今ひとつよく分かりませんでしたよ。監獄の監守の死に纏わる物語なのですが、彼が奇妙な死に方をしたのは何故か、という謎で引っ張ります。変態性がそのオチとなっているのですが、何かもっと深いものがあるんでしょうか。今ひとつひねりもなく坐りの惡い結末ですよ。
續く松浦美寿一「B墓地事件」も今ひとつ判然としないオチです。幽霊からあることをしてくれ、と頼まれた語り手が墓地に行くとそこには、……という話。こういうフウにオチもなく終わってしまうのはどうにもいただけません。
その點、小酒井不木の「死体蝋燭」は流石というかんじで、嵐の夜に和尚と友に本堂に向かった小坊主は和尚から驚くべき告白をされて、……と思わせておいてその実、和尚の話の内容は、というフウにしっかりとしたオチが用意されています。
妹尾アキ夫「恋人を食う」は「悪魔の舌」と竝ぶそれ系のお話。好きで好きでタマらなかった女性の死体を鹽漬けにして食べてしまったという物語なのですが、その話を聞いていた聴き手の正体が最後の最後で明かれるオチがこの時代の短編らしいというか。こういう小噺フウに終わる小説というのは安心出來ます。やはりオチがないとダメですよ。
岡戸武平「五体の積木」は、氷づけにした女の死体をギコギコと切断して積み木のように積み上げて、……というグロ話かと思わせておいて、これまたこの時代フウのオチで終息する小噺です。しかし流石にここまで定番のオチが續くとちょっとお腹一杯になってきます。
橋本五郎の「地図にない街」は本作の中ではかなり好きな話。何か半村良とかが書いていそうな物語です。謎の乞食に導かれて、街の不可思議にふれた男が辿る末路は、という物語。最後の作者の語りが「読者はこの物語を、やはり精神病者の言葉として、少しも信じてはくれないだろうか、考えてはくれないだろうか」となるのはこれまた御約束でしょう。
米田三星「生きている皮膚」は残酷な復讐を果たした女も因果応報で最後には、……という話で、楳図センセの漫畫に出て來そうな展開がこのテの怪奇譚の王道をいっています。
平林初之輔と冬木荒之介の二人の手になる「謎の女」はあまりにべたなオチがちょっとねえ、という作品。十日間だけ一緒に夫婦を裝ってくれと謎の女から依頼された男の物語なのですが、果たして女の正体は何なのかと思いながら讀み進めていくものの、あまりに予定調和的なオチに唖然としましたよ。それとも何か自分が分からないところでもう一捻りしてあるんでしょうか。
南沢十七の「蛭」はガス療法、振動療法だのという胡散臭い治療方法を実践していた醫者の末路を描いたお話なのですが、振動療法だの吸血療法だのといった治療法をくだくだとそれらしく解説しているところがバカバカしい。しかし短編にしてはオチがないところがちょっと、ねえという作品です。
大下宇陀児の「恐ろしき臨終」は無実の罪で自殺した男を辨護していた辨護士の臨終の謎について述べた話なのですが、このネタも何だか楳図センセの話にありそうな。辨護士の臨終を狙い澄ましたように送られた來た謎の手紙の正体など判然としないところも多いところがちょっとアレですかねえ。「筆舌に尽くし難い凄慘の極み」だのという、いかにも大袈裟な文章が時代を感じさせます。
西尾正の「骸骨」は愛犬を殺したばかりにブチ切れてしまった男が、自分の恋人も殺してしまったお話。それだけです。ウダウダとそれらしい衒學を添えて話を盛り上げようとしているのですが、どうにも空回りしているような氣がしますよ。
氷川瓏「乳母車」は夜の景色を切り取っただけの、小説というよりは詩のような作品。久作チっクな不氣味さを稱えた短編で、こういうのは大好きです。
西田政治「飛び出す悪魔」はいうなればバカミス。人間大砲を使って復讐を遂げようとした二人がその計畫を気取られて、……という話。このオチも御約束でしょう。
そして最後を飾るのは大阪圭吉の「幽霊妻」。ここまで怪奇「探偵小説」といいながら、どうにもミステリと呼ぶのは憚られる作品ばかりだった譯ですが、この作品はシッカリとミステリしています。
妻の不義を疑って離婚した男が殺されるのですが、死体の状況を見るからに、毒を飲んで自殺した元妻の幽霊が殺したとしか思えない。部屋の窓枠にはめてあった頑丈な鐵格子はメリメリと拔きとられてい、男は両方の目玉が飛び出していたと。更には現場で見つかった足跡は、生前和服を纏って歩くのを常にしていた元妻のものと同じ内股で、男が握っていた拳からは女性のものと思われる長い髪が見つかります。鐵格子を拔きとってしまうほどの怪力の持ち主などいない、これは幽霊が魔力を使ってそれを行い、男を殺したに違いない、となる譯ですが、そこに警察が登場して、鐵格子を外すトリックを説明します。
しかしその方法ではやはり無理、ということになって最後の最後で犯人の姿が明かされるのですが、この犯人像にはタマげましたよ。確かにこれだったら足跡は内股だし、長い髪も、そして鐵格子の件も説明がつきます。しかしこの唐突に明かされる犯人像は當にバカミス。一番強烈なテイストを持っている本作が最後を飾り、一巻は終わりとなるのでありました。
二巻、三巻も機会があったら取り上げてみたいと思いますが、内容の方をスッカリ忘れているんですよねえ。今回讀み直してみて、記憶に残っていたのは、「悪魔の舌」、「死体蝋燭」、「地図にない街」、「幽霊妻」くらいで他は完全に記憶の彼方、でありました。
餘程の好事家以外におすすめは出來ませんが、エログロナンセンスの風格がタマラないという物好きの方、かつての探偵小説が持っていたチープなテイストがいいという奇特な方は大いに愉しめると思います。