毒毒しい色で咲いている花と湯煙の向こうにボワーンと佇む人影、更には極太ゴシック文字のタイトルのジャケが相當にアレなんですけど、前回取り上げた「奥只見温泉郷殺人事件」に比べたら、タイトルに「殺人事件」だの「殺人旅情」だのとついていないだけまだ救われているというべきでしょうかねえ。しかし内容の方は密室トリックを中心に据えながらも、作者らしいアレ系の仕掛けもしっかり凝らされている佳作でありました。
犯人の一人稱で始まるプロローグはいかにもアレ系のミステリらしく、ここでは後の事件の被害者のひとり、津山という男との會話が語られます。犯人が凶器のスパナを振りおろして犯行を終えたところでこのシーンは終わり、いよいよ本題の第一章「悪夢の伝言」へと進みます。
この物語で探偵役をつとめるのは、第一の殺人で被害者となった八千草英彦の姉、千草で、ここではプロローグで殺害された津山の死の一ヶ月まで話が遡ります。英彦と津山が大學を受験した當日の出來事が語られるのですが、このことがきっかけとなって、英彦は九州の温泉旅館で死体となって発見され、續く津山はプロローグで述べたようなかたちで殺害されます。
タイトルにもなっている「湯煙りの密室」というのは、英彦の殺害についてでありまして、露天風呂には女一人と被害者しか入っていないところを旅館の從業員が目撃しており、犯人はどのようにして風呂場に忍び込んで被害者を殺害したのか、という、所謂開かれた密室が事件の謎に絡んでくる譯ですが、この眞相はちょっと、というかかなりアレですねえ。ただ、ここにプロローグで仕掛けたアレ系のトリックを仕掛けてミスディレクションに昇華させているという技は見事です。
當然この状況では露天風呂に入っていた女が怪しい、ということになって、英彦と津山が大學を受験した當日の出來事に關わっている女性が容疑者の一人として擧がってくるのですが、彼女もまた最後には殺されてしまいます。容疑者と思われていた人間が後半になって殺されてしまうという展開も作者らしく、ここに至って、プロローグで仕掛けられたアレ系のトリックが效いてきます。
そしてプロローグのシーンをなぞるかたちで眞相が明かされるエピローグもいい。密室トリックが主体であると見せかけながらその実、作者の得意技であるアレ系であることが後半に至って判明するという構成はなかなかのものでしょう。創元推理からリリースされている「模倣の殺意」や「天啓の殺意」に相違して、小説全体に大きな仕掛けを施した作品とはその構成も大きく異なるものの、うまくアレ系の小技で纏めたところなど、嫌いではありませんねえ。
ただ弟が殺されたというのに、妙にアッサリしている姉の人物造形など、首を傾げてしまうところもあるにはあるんですけど、まあ、本作は仕掛けに驚く為の小説ですから、こういうところでツッコミを入れるのは野暮というものでしょう。