角川からリリースされる短編集としては「閉じ箱」に續くものとなるのですが、少しばかり作品の質にばらつきがあるのと、「恐怖」のような超傑作が収録されていないところが少しばかり殘念といえば殘念、……とはいいつつ、いかにも作者らしい心の空虚や狂氣を扱った小品もあったりして、やはりファンであれば讀んでおかないといけませんよ。
内容の方は例によって例のごとく、トランプになぞらえたかたちで大きく一部から四部まで分かれているのですが、第一部に收められている「ボクの死んだ宇宙」、「熱病のような消失」、「パセリ・セージ・ローズマリーそしてタイム」は小説というよりは詩としての趣が濃厚な作品群。この風格のものであれば最近リリースされた建石修志(神!)とのコラボ本、「虹の獄、桜の獄」の方が見所は多く、少しばかり見劣りしてしまうのは仕方がないでしょう。
ここは軽くスルーして、トランプではダイヤを象った第二部にいきますと、ここには「震えて眠れ」「空白のかたち」「非時の香の木の実」の三編が収録されています。本作のなかで個人的に一番ツボだったのはやはりこの第二部でありまして、最初を飾る「震えて眠れ」は隙間恐怖症の男を扱った物語。
襖や障子の隙間が氣になって氣になって仕方がない男が結婚するのですけど、自分の狂氣を妻には隱したまま、普通の生活を續けようとするものの、事態はどんどんとイヤな方向へと進んでいって、……という話。ただ物語の展開は希薄で、狂氣を扱った小噺といったかんじでしょうか。
續く「空白のかたち」は前向性記憶障害になってしまった男の物語で、記憶を失って目を覚ました自分に宛てた過去からの手記という體裁をとった構成がいい。いかにもありきたりといえばその通りなのですが、このなかへ櫻の樹の下に何があるのかという謎を絡めて後半に何ともいえないイヤ感を創出しているあたりが作者らしい。
「非時の香の木の実」ははっきりいって問題作でしょう。竹本健治版エロスプラッタというか、最初のうちは妙にユーモアっぽい雰囲気を釀していた物語が歪んでいき、最後にはダウナー系の幕引きとなるあたりが尋常ではありません。
語り手は特撮オタクの童貞で、こいつがまた最低な輩なんですよ。好きな女性がいるというのに、自分の身近の女性が手頃だからと手をつけて或る実驗を行い、それが成功したと分かるや、そのあとすぐさま本命の女性に取りかかるというていたらく。もっとも最後にはこの男に天罰が下るという幕引きは御約束ですよね。
この実驗の内容は敢えて伏せておきますが、この最中に行う行爲が何というかエログロで、いかにも作者らしくないんです。これが綾辻センセあたりだったらどんなグロ描写もさらりと仕上げてしまうんでしょうけど、何しろ語り手は特撮オタクの童貞ですからやることがいかにもぎこちなく、それがまた何ともいえないイヤ感を釀し出しています。
本命の女性を監禁して、特撮童貞エロ男がそういうシーンに挑むところは何だか安っぽいエロ漫畫のようで、最初のうちはこのまま間の抜けたエロユーモア的なオチで終わるのかと思いきや、これがどんどんエスカレートしていきまして、最後には女の腹をカッ捌いてゲラゲラ笑い出す始末で、何というか、日野日出志かはたまたコガシン先生かというばかりの露骨なグロ描写が浮きまくっているんですよ。
作者もあとがきで書いていますが、グロが嫌いな人は讀まない方がいいです。綾辻センセの「殺人鬼」のようにスタイリッシュじゃないので、「サスペリア2」の首チョンパや「フェノミナ」の蛆蟲風呂がオーケーという人も、本作のグロは毛色が少しばかり異なるので、コガシン先生の「妖虫」とか大好きッという奇特な人以外はスルーしてしまうことをおすすめします。
續くハート編は「蝶の弔い」、「病室にて」、「白の果ての扉」、そしてタイトル作である「フォア・フオースの素数」を収録。このハート編もなかなかのもので、「蝶の弔い」は少年の殘酷な一面がおぞけを誘う佳作。そして「病室にて」はショートショートといってもいいくらいの短さですが、うまく纏めてあると思います。「白の果ての扉」は味平のブラックカレーに言及しながら、カレーの辛さに取り憑かれた男を描いた物語。完全にバカっぽいんですけど、それを大眞面目な噺に纏めようとしているところがまた妙な笑いを誘う作品。意外とこういうのは好みですねえ。
数學にまったく明るくない自分としては、「フォア・フオースの素数」で展開されるコ難しい話はサッパリ分からなかったんですけど、この長大な無駄話が最後の最後で意味を持ってきて、世界の虚無をさらりと体現させてしまう手際の良さは流石というかんじです。
そして最後のスペード編は「チェス殺人事件」とトリック芸者シリーズの一編「メニエル氏病」、そしてネコシリーズの「銀の時計が止まるまで」を収録。「チェス殺人事件」は今ひとつ着地點が決まっていないようなかんじがして個人的には今ひとつなのですが、「メニエル氏病」はムチャクチャ壯大なトリックを仕掛けたバカミステリ。何しろ土星と月がアレだっていうんですから、もう完全にバカですよ。仕掛けはいかにも普通のミステリで使うものなんですけど、それをまた宇宙規模で展開させてしまうという馬鹿げた設定が秀逸な作品。
最後を飾る「銀の時計が止まるまで」は作者のお氣に入りの一編だそうで、語り手となる少年を取り卷く世界が最後に大きく反転し、そこから立ち上ってくる虚無と悲哀がうまく效いている作品です。いかにも作者らしい物語といえるでしょう。
全體的に見て、「閉じ箱」ほど強烈な印象は残らないのですが、二度讀み返してみると、「非時の香の木の実」の作者らしくないエログロを極めた怪作や、「空白のかたち」や「病室にて」のような、いかにも作者らしい作品もあったりと、ファンとしては満足のいく作品集となっています。竹本健治初心者で彼の短篇を讀んでみたい、という方には「閉じ箱」を推しますが、「閉じ箱」が氣にいった方であれば本作もいけるのではないでしょうか。
さて、今日から札幌に行ってくるので、次回の更新は多分日曜日だと思います。とはいっても、文庫本とパソコンを鞄に詰め込んでいくので、ホテルからアクセス出來れば多分更新するかもしれません。どうですかねえ。