都筑道夫少年小説コレクションの第四卷である本作は、ミステリ作家としての氏の得意技「論理のアクロバット」を封印し、當にハチャメチャの妖怪怪奇テイストを炸裂させた傑作「妖怪紳士」を収録。第二巻や第三巻とはまた違った意味で愉しめる一册となっています。
「妖怪紳士」のほかに氏のSF作品「ぼくボクとぼく」も同時収録となっているのですが、やはり本命はタイトル作ともなっている「妖怪紳士」で決まりでしょう。
さて物語はというと、魔界から逃げ出して人間界で街を燃やす飛行機をブチ壞すとやりたい放題の妖怪どもを魔界に連れ戻そうと孤軍奮闘する妖怪紳士と、章一少年との冒險活劇。簡單に纏めるとこんなかんじです。
主人公が少年というのはジュブナイルの御約束なのですが、タイトルにもなっている妖怪紳士というキャラがまた素晴らしく、その捻くれぶりと破壞っぷりが相當にハジけているんですよ。
これが紳士とは名ばかりの極惡ぶりで、妖怪どうしの鬪いとあれば、フェアプレイ精神に則り、お互いの魔力を驅使して戰いを繰り廣げるのが筋というものでしょう。しかしこの妖怪紳士ときたら、宙を舞う妖怪を追いかけるにはヘリコプターを使い、さらにはドラム罐に火を放って妖怪どもを爆死させるという具合で、近代兵器をフルに使って妖怪どもをバッタバッタとなぎ倒していく譯です。
勿論決め技には折れた角をステッキに見立てて戰うシーンもあるにはあるのですけど、ヘリコプターだの爆殺だのといった文明の利器をフル活用した鬪いぶりを前にしてはそんな魔力もかすんでしまいます。
この妖怪紳士、かつては魔界の牢の番人だったというキャラ設定になっておりまして、その妖怪どもを逃してしまったので角を折られて魔界を追放されてしまったのです。で、その脱走した妖怪たちを牢屋に連れ戻そうと人間世界に降りたった譯でありますが、そこで出會った章一少年が妖怪どもに攫われるに至って、彼は章一を救い出そうと孤軍奮闘の鬪いを繰り廣げます。
では妖怪紳士の敵となる妖怪どもはどうなのかというと、雪女、人面瘡、ぬけ首、貝やぐら、片輪車、のっぺら坊、鬼かがみと、微妙に「使えない」輩ばかりでして、例えば片輪車なんていうのは、乘り物に化けることが出來る「だけ」ですし、鬼かがみは人をにらみつけて動かなくさせる「だけ」というていたらく。そんな連中ですから、妖怪紳士のフェアプレイ精神を無視した近代兵器を前にはなす術もなく爆殺されたりする譯です。
章一が人面瘤に取り憑かれたりと章一絡みの展開もしっかりと用意されていまして、そのたびに妖怪紳士がヘマをしながらどうにか危機を切り抜けていくという御約束の展開が當に少年小説の王道を行くようで微笑ましい。
結局妖怪どもが魔界を脱走することが出來た裏には黒幕がいて、最後は妖怪紳士と章一たちがこの黒幕と戰うというこれまた王道の展開が用意されているものの、幕引きはやや唐突という氣がしないでもありません。
日下氏の解説によれば本作は漫畫週刊誌の連載で、「毎回ヤマ場を盛り込まなければ子供たちは続きを手にとってくれない。最終回にも物語を展開させなくてはならないので、エピローグに費やせる枚数は、ほとんどないということになる」という譯で、とにかく全編、よどみなく何かが起こっては回収され、という御約束の展開の繰り返しがこれまた奇妙なトリップ感を生み出す傑作であります。
そしてこのハチャメチャぶりは「第二部」でも健在、というかさらにパワーアップしておりまして、マッドサイエンテストが魔界と人間界との扉を開けてしまって時空が歪み、……というありきたりの展開からパラレルワールドネタまで詰め込んで、猿飛佐助が八面六臂の活躍を見せたりともう妖怪噺なんだが、SFなんだが譯が分からない物語になっています。それでいて毎回毎回強引にもヤマ場をつくって盛り上げるという課題も見事にこなしているあたりは流石というべきでしょう。
「妖怪紳士」「妖怪紳士『第二部』」ともに、柳柊二の挿畫が添えられておりまして、これがまた素晴らしい。特に第二部の「妖怪カマキリ」などは「水しぶきをあげてあらわれた、奇妙な怪物!それは『妖怪カマキリ』だった!!」という惹句も勇ましく、五つ目の薄氣味惡いカマキリが飛沫をあげてドガーンと姿を現したところを煽るようなアングルで描いておりまして、子供の頃夢中になって讀み漁ったドラゴンブックスやジュニアチャンピオンコースを髣髴とさせるテイストが自分のような中年にはたまりません。
石原豪人畫伯とはまた違った、洗練されたバタ臭さを感じさせる柳柊二畫伯の挿繪が本作の價値を何倍にも高めていることは明らかで、續く「未来学園」「拳銃天使」などにも初版當事の挿繪が殘っているのであれば何としても取り入れてもらいたいものです。
後半に収録されている「ぼくボクとぼく」は著者のSF作品というふれこみでありますが、パラレルワールドものと思わせておいて実は、という展開がいかにも唐突で、これまた論理のアクロバットを封印した作者のやりたい放題ぶりが愉しめる一作。
しかし本作はやはり「妖怪紳士」の一部二部でキマリでしょう。ハジケっぷりは第一巻の「幽霊通信」に繼ぐ凄まじさで、展開の唐突さとツッコミどころ満載の物語展開で、本コレクションのなかでは當に異彩を放つ作品集。少年小説でもやはりミステリを、という御仁にはアレですけど、ドラゴンブックスやジュニアチャンピオンコースという言葉に即反應してしまうような中年の皆さんに是非ともおすすめしたい一册です。