秘宝館風のハチャメチャなトンデモ幻想ミステリという點では、「透明女」と雙璧をなす戸川昌子の怪作。
「透明女」が國際的な謀略組織を物語の謎に据えていたのに對して、こちらは怪しげな新興宗教が舞台となっていましてもう、新興宗教といえば怪しげな儀式だの教祖と信者の女性がアレしてこれして、……というのは御約束ですよね。勿論本作にも讀んでいるこちらが妙なかんじになってしまうような愛欲描写がテンコモリで、これがまた何ともいえない昭和テイストを釀しています。
物語の方は「透明女」同樣、これまたあらすじに纏めるのが非常に非常に難しい代物なのですが、とりあえず頑張ってみます。
「私がふたりいる」という章題から始まる本作は、「これから皆さんに読んでいただくのは、ある若い女性の手記である」という前口上が添えられていて、以下に續く内容はすべてその「ある若い女性」が書いたものであることがほのめかされています。
そのある若い女性の名前は波子といい、彼女が生島心靈会のお手伝い募集の廣告を見かけて、その面接を受けに行くところからこの手記は始まります。
彼女はまず腹が減っては戰は出來ぬとばかりに駅前の中華そば屋「中華料理滿州」でニンニクのたっぷり入ったラーメンを食べるのですが、そば屋を出たところで中年の和服姿の女から声をかけられます。この中年の怪しい女は「あんたは生島心靈会のお手伝いの応募に行くんだろう。あんたは本当に処女なのかい。心靈会の会長様のおそばにあがれるの処女だけなんだよ。男を知っているのに嘘をついていると罰が当たる。下半身が不隨になって這って歩かなければならなくなる」と薄氣味惡い脅しの言葉を波子に呟くのですが、波子の心はそれくらいでは搖るぎません。
どうにか心靈会の場所まで辿り着いた波子が座敷に通されると、ミニ・スカートの女がだだっ広い座敷に座っています。波子と同姓同名だというその女は「あたしたちの背後霊は双生兒の姉妹なんだよ」と不氣味なことをいって波子をビビらせるのですが、そうこうしているうちに受け付けの女が重箱を持って部屋に入ってきます。
女が「これから嘘をついていないかどうかのテストをする」といって重箱の蓋を開けると、白い蛇のようなものがクネクネと飛び出してきて、傍らにいるもう一人の波子の方へと向かっていきます。もう一人の波子は仰向けに倒れると、蛇は彼女の股間のなかへスーっと吸い込まれていき、それを見ていた波子は氣を失います。
目が覚めると、受け付けの女から試験に合格したと告げられるのですが、怖くなった波子は心靈会を飛び出して、今度は先ほどの中華そば屋に行って、どうか自分を住み込みの從業員として雇ってほしいと御願いします。どうにかこの店で働かせてもらうことになった波子でしたが、戦争時代の回想を彼女に聞かせていた主人が豹変し、波子を絞め殺そうとしたりと彼女に平穩は訪れません。
この主人のほかにも、心靈会からの執拗な電話があったり、再びもう一人の波子が中華そば屋を訊ねてきては色々といやがらせをしたりするのですが、この店で働こうとする波子の決意は固く、彼女は心靈会に戻ろうとはしません。波子は續いて雇われることになった美津子とともにそば屋で仕事を続けるのですが、再び主人が豹変して、今度は部屋に寝ている美津子を襲います。
その翌日、美津子は姿を消していて、主人も知らない知らないと惚けるばかり。そして再びもう一人の波子が店にやってきてラーメンを注文すると、女はラーメンにニンニクをいれたと激昂し、器ごと波子の顏にぶっかけてしまう。
波子はポワーポワーという救急車のサイレンの音を聞きながらも氣がつくと病院に収容されていて、心靈会の紫野という女のいうとおりに病院のベットで除霊の儀式を受けることになります。
波子はその儀式の最中に「霧の摩周湖」がBGMで流れている死後の世界へと連れ去られ、そこで映畫スターの船山一郎との摩訶不思議な性儀を体驗したあと、いよいよ心靈会の会長と體面することになります。
その前に火傷でひどいことになっている包帯が紫野の手によって解かれるのですが、驚くべきことに彼女の顔は火傷の痕が殘っているどころが、エリザベス・テーラーのような美女へと變わっていた。
会長は波子に取り憑いている惡霊の話を聞かせるのですが、それによると、その霊は船山志摩子といい、彼女は映畫スター船山一郎の妹であるという。会長のお言葉に從って、彼女は志摩子の霊を祓うべく、白い手袋をして船山一郎の家へと向かいます。
すると一郎は彼女にSM行爲を強要し、自分の男性器を鋏で切りとってくれと懇願する。波子はいわれたとおりにするとすーっと意識が遠くなり(御約束ですな)、氣がつくと拘禁服を着せられて監禁されていた。
執拗な色責めに耐える波子だったが、事務長の取り計らいもあって、波子は一郎の母とともに車に乗って病院を出ます。一郎の母の運転で高速道路をひた走っている最中に大きな事故に遭い、波子は再び別の病院へと収容されます。
心霊学者を名乘る医師小早川が波子の担当となり、樣々な変態的治療行爲が波子に對して行われるものの、彼女に取り憑いた志摩子の惡霊は小早川を豚よばわりし、薄汚い言葉で罵りながら医師小早川を誘惑します。
靈の存在を信じない小早川と波子は、彼女の体に取り憑いているのが本當に志摩子の霊なのかどうかを確かめるべく、日比谷の映畫館でデートをし、以前波子が働いたことのある中華そば屋を再び訪れるのですが、そば屋はすでになくなっていた。
小早川の話によると、中華そば屋「中華料理滿州」の主人はこの近くで「カチューシャ」という花屋を開いているという。二人は主人に會いに行くのだが、主人は波子のことを知らないと言い張ります。波子は自分が波子なのかそれとも志摩子なのか混乱するものの、そうこうしているうちに彼女を見つけた心靈会の紫野が白い制服の男を引き連れてやってきて波子は軟禁されてしまう。
拘禁服に犬の首輪をつけられてしまった波子は、「ぼくのガールフレンド」というヒット曲で知られている歌手の中垣英也を説き伏せてその場から逃れると、再び一郎のもとへと助けを求める。しかし一郎のぞんざいな態度に二人は追い返され、日比谷公園へ行くと、そこで英也の態度が豹変する。
波子は英也のいわれるまま、アベックの男の方を誘惑するのだが、彼女が男にされるがままに恍惚としている間、英也は女に首を絞められ殺されてしまう。
目が覚めた波子が瑛也のマンションに向かうと、そこで彼は首を吊って自殺を遂げていた。そこで彼女は再び気を失ってしまう(またですかッ!)。
目が覚めると波子は再び病院のウオーターベットの上に寢かされていた。小早川が霊魂の存在を確かめるために、彼女を隔離していたのだった。樣々な実驗を經て、お互いに愛し合っていることを確かめた二人は、結婚を誓い、心靈会の紫野にもそのことを告げると、二人は波子の出生の秘密を探るべく彼女が生まれたという磐梯山の麓にある村へと向かう。……
このあとも上に書いたのと同じような理解不能な展開が續くのですがもう充分ですよね。正直支離滅裂な文章でこれを讀んでいる皆さんの頭もグルグルしてしまっていると思うんですけど、本當にこういう話なんですよ!
これは讀んでもらえばきっと分かってもらえると思います。
出だしの強引にして理解不能な展開が、何処となくひばり書房系というか、「口が耳まで裂ける時」や「ヘビおばさん」のような初期の楳図かずおの作風を髣髴とさせるところが何ともいえません。
さらには章題の「あなたの番なのね」「まわりは闇よ」「会長様にご体面よ」「栗の花の匂いなのね」といった口語テイストが宇野鴻一郎を思わせ、これまた物語にムズムズするような不思議な雰囲気を添えています。
ミステリというにはあまりにアレだし、幻想小説としてはあまりにアレだし、……というかんじで、ジャンル分け不能なところが當に戸川昌子の小説でしかありえないという、凄まじい個性を放っています。
実をいうと、本作、飛鳥部勝則の「鏡陥穽」が愉しめた人には是非とも一讀をおすすめしたいところなんですけど、……飛鳥部氏のミステリと本作のような戸川昌子のトンデモ幻想ミステリの雙方を堪能出來る感性の持ち主っていうのはやはり、……少數派ですかねえ。