昨日レビューした「アリスの国の殺人」で少しだけ言及した小森健太朗の小説なんですけど、何処にしまったものかどうにも見つからなかったので、とりあえず作者のもう一つの初期代表作ともいえるこちらを今日は取り上げてみたいと思います。嗚呼、やはり眞面目に本棚の整理を考えないとダメですねえ。
さて本作ですが、實際讀み返してみると、初期の辻真先の作品以上にメタミステリしていて、後半における怒濤のメタ的な展開には思わず頬がゆるんでしまいましたよ。やはりメタでいくのであればこれくらい徹底してもらわないといけません。
「コミケ殺人事件」とはいかにもベタなタイトルですが、物語の方もその通りでして、コミケで発生した連続殺人事件をモチーフにしたミステリであります。本作が際だっているのは、ここに「ルナティック・ドリーム」というアニメをネタにした同人誌「月に願いを」の内容がそのまま挾み込まれていることでしょう。
その中には、ネタ元のアニメの中で発生した殺人事件の真相を、サークルのメンバー各が推理した原稿が挿入されていまして、これがまたいかにも素人臭い文章で、推理の方もハジケまくっているのです。黒死館フウを氣取って妙に難解な文章でイタさを晒しているもの、エロ風な展開を期待させるものと、それぞれが妙に趣向を凝らした内容なのですが、この同人誌に原稿を寄せたサークルのメンバーがコミケの會場で次々と殺されていきます。
この「コミケ殺人事件」の構成はおおよそプロが描いた小説らしくないのもまた特徴でしょうか。冒頭に「搬入」というプロローグめいた章があり、コミケが始まる前の搬入作業が一人の登場人物の視点から語られます。
そして次の「開場」で、搬入された同人誌の一册に「この本に書いている連中はミナゴロシ 影」と書かれた殺人予告の一頁が挾み込まれていたことがあきらかにされ、コミケが開場されるところでこの章は唐突に終わります。
普通のミステリであれば、ここからはサスペンスも交えて會場で発生する連続殺人事件の描写を行っていくのが筋なのですが、本作ではこのあと唐突に次章の「尋問風景」で既に第一の殺人が起こってしまったことが明らかにされます。
刑事とサークルのメンバーの問答を挾んでいよいよここから「月に願いを」の内容が續くのですが、ここの仕掛けは正直度肝を拔かれてしまいました。何というかこれはもう日野日出志の「地獄変」で使われたアレと同じじゃないですか。
さて「月に願いを」の内容が終わると、コミケが終わって数日を経た場面へと續き、ここで登場人物のひとりが手記を殘して自殺してしまう。そしてこの手記の内容も検討しつつ、コミケの會場で発生した殺人事件の眞相がサークルのメンバーの前で明かされていきます。
最後に探偵が証據を取り上げつつ犯人を追いつめていくのですが、この探偵小説的御約束のシーンのあと、唐突に物語はメタなミステリへと変転します。
まず動機が明らかにされるとともに、サークルのメンバーと原作者、そして「月に願いを」と原作のアニメという對になった構造がここでは解体されて、事件のメタな構造が暴かれます。そして最後の最後に添えられた「手紙」で全てが虚構へと取り込まれてしまうという趣向が素晴らしくいいんですよ。
後半の怒濤のメタ的展開はやりすぎ感もありますが、自分のようなメタミステリ好きにはこれくらいハジけてくれないとやはり物足りないですねえ。
この作品を小森健太朗の「コミケ殺人事件」として見た場合、「コミケ殺人事件」の謎解きとともに、アニメの結末を予想し、その中で発生した殺人事件の真相を推理するという同人誌の内容がそのまま收められていることもあって、全体の殆どが謎解きだけで進行していくような趣があります。特にこの「月に願いを」の同人誌の内容はそのまま毒入りチョコレート直系の愉しさがあり、素人臭い推理も相まって妙に微笑ましい。
辻真先の初期作の傑作スーパーとポテトシリーズの「仮題・中学殺人事件」や「盗作・高校殺人事件」の更に上をいくメタミステリの傑作。現在はジャケ写のハルキ文庫が手に入りやすいと思います。