怪作。
そもそもこれをミステリと呼べるのかどうか。確かに殺人事件めいたものは起こるし、それを後半に至って探偵役が奇矯な論理でもって解こうとするものの、そもそもがミステリ的な仕組みそのものをひっくり返てししまおうというのが本作の主題のひとつでもある譯で、だとすると本作はミステリと呼ぶべきではないのかもしれないし、今ひとつどう評價していいのか戸惑ってしまう作品なんですよねえ。
かといってつまらないかというと、そんなことはなくて、とにかく面白いんですよ。「四月の魚」、そして中国青海省での不可思議なエピソードから始まる「奇」のパート、そしてゲーデル、シュレーディンガーの猫などの衒學談議の洪水。
このあたりの意匠は京極夏彦の作風にも通じるところがあるのですけど、舞台そのものは現代、そして事件も後半に登場する妙な密室を除けば普通のミステリっぽいところが京極作品とは大きく違うところでしょうか。
物語は上に述べたような逸話に始まり、作家火渡雅が新興宗教に關わりながら偶然の連鎖が暗示する不可解な事件に卷き込まれていく、というものです。
いくつかの信じられない偶然が果たして本當に単なる偶然なのか、それとも何らかの意志が働いているのか。本作がミステリであれば當然のことながら物語の中で発生する偶然の連鎖は、その背後にそれを引き起こしている犯人がいて、……という展開になっていく筈なのですが、本作の場合、ここにシュレーディンガーの猫だのゲーデルだのといった衒學的アイテムを総動員して讀者をあさっての方向に引っ張っていこうとするのです。
作家火渡と宗教法人代表の老人との、延々と續く哲学的科學的談議に始まり、福助というこれまた奇矯な小男との易に關する長大な議論などなど、物語の殆どはこういったコ難しい話で埋められています。
なので、こういった話についてこれない人にはちょっとばかり、というか、かなり退屈な作品です。もっとも各の登場人物の語り口は巧みでかなり平易に難解な話を語ってくれているので、興味があれば愉しめます。京極の「姑獲鳥の夏」の前半を乘り切ることが出來た人であれば全然問題ないでしょう。
ただミステリとして見た場合どうなんでしょう、これって。延々と續けられる衒學議論は竹本健治の「失楽」を連想するのですけど、本作の結末はあれ以上に不可解なもので、正直どう解釈していいのか頭の惡い自分にはサッパリ分かりません。
衒學的なところは「失楽」のような、といいつつ、かの作品が持っていた青春小説的な痛々しさも皆無です。というのもこの登場人物たちときたら狂人ばかりで、作家の火渡も最初はマトモかと思っていたら、どんどん壞れていくし、彼の戀人のシルフィーは本物の狂人、更には火渡をこの悪夢に引きずり込んだ張本人である福助はその風體からしておかしいし、……というかんじでこの脱線しまくった物語を調停してくれそうな登場人物がひとりもいないのですよ。
頁をめくるごとに物語は悪夢のような展開へと突き進んでいきます。殊に後半の脳髄地獄めいた雰囲気は「ドグラ・マグラ」的。といってもこれは作者の風格だと思うのですけど、全編妙にスタイリッシュで、夢野久作的な泥臭さはありません。そういう意味では五大奇書をはじめとする變格ミステリの影響は濃厚に感じられるものの、非常に個性的な作品ということが出來るでしょう。
また「奇」「偶」「奇偶」「猿神の家」「太極」「奇偶領域」といった章立ての構成も普通ではなく、「猿神の家」は作家火渡の小説という體裁をとっているし、このなかにもいくつかの奇妙な插話があったりして一筋繩ではいきません。
冒頭のエピソードは宗教法人奇偶の册子からの引用であることが後に判明するのですが、このほかにも、ある研究施設で飼育されていた猿がこれまた偶然によって火渡雅の手になる手記の一部をタイプしたことが物語の中途で語られています。
だとすると、この「奇偶」という物語の全体もこの猿が偶然によって打ち出した文章の羅列に過ぎないのか、という解釈も可能でしょうし、まあ要するに何とでもいえる譯です。
解決編となる「奇偶領域」は當に混亂と狂氣を極めており、完全に普通のミステリの文法から外れていて當にやりたい放題といったところです。變格ミステリ、幻想ミステリというよりは、當にトンデモミステリとでもいうべき作品。
處女作からの山口雅也の作風を期待してはいけません。まず本作は「メフィスト」に連載された作品だということが本作の奇矯な作風のすべてを物語っているといえましょう。普通のミステリファンにはおすすめ出來ませんが、キワモノ好きだったら讀んでみて損はない怪作です。
『奇偶』ってメフィスト連載だったのですか。
なるほど。
出た当初に図書館で読んだのですが、面白かった印象があります。
私が衒学趣味好きだから・・・。
どんな終末だったかもう覚えてません。
>京極の「姑獲鳥の夏」の前半を乘り切る
ミステリとしては前半は前振りなんでしょうね。
個人的には後半の“離れ業”以上に前半のお話が好きなので・・・す。
deltaseaさん、こんにちは。
この本は衒學云々といいつつ、とにかく讀みやすいんですよね。京極もそうですけど、このあたりが先達の小栗虫太郎などとの大きな違いでしょうか。もっともあちらはハチャメチャで本筋とは全然關係ないところで探偵が講釈を述べている譯ですけど。
京極夏彦の場合、ずっとあの物語の空間に浸っていたいと思わせます。讀み終わるのが勿體ないみたいな。「姑獲鳥の夏」の前半は當にそんなかんじでした。
奇偶
奇偶 山口雅也 ★★★★★★★☆☆☆ 7/10
偶然に関する記述を600ぺーじに渡って。量子力学とかがかなり出てきて、難しいっす。
サイコロが6を20回連続で出しても。。それは…