一昨日リリースされた筈の某アンソロジーがまだ屆かないので、今日は久しぶりにレアものを紹介したいと思います。
「幻影城」については度々このブログでも触れていますが、島崎博こと傳博御大が編集をつとめた探偵小説の雑誌で、創刊號が出たのは昭和五十年は二月。本作冒頭、山前讓の解説によると、「幻影城」はそれから増刊號を含む五十三册をリリースした後に廃刊となってしまった、とありますが、それでも本作に収録されている泡坂妻夫、連城 三紀彦などを輩出した業績は大いに評價されるべきでしょう。
で、この甦る「幻影城」は全三册なのですが、本作〈1〉は新人賞傑作選と題して、第一回から四回までの小説部門における新人賞の入選作が収録されています。全部で八作。それでは順番にいってみましょうか。
「乾谷」 村岡圭三
第一回小説部門の入選作がこれ。佳作となったのはこの後で取り上げる泡坂妻夫の「DL2号機事件」。個人的には「DL2号機事件」の方がミステリとして優れていると思うんですけどねえ。
物語は夕刊に掲載した寫眞の場所から二人の女性の他殺死体が発見された、と刑事が新聞社を訪ねてくるところから始まります。このあと、この新聞社社會部のカメラマン、日野の視點と犯人の場面とが交互に語られていくのですが、謎らしい謎もなく、ちょっと消化不良氣味ですよ。
勿論二つの死体が奇妙な形で遺棄されたのは何故か、という謎があるにはあるのですが、それをミステリ的な手法で解いていくというものでもなく、寧ろ犯人の過去と心の奥の闇に焦點を据えた文學作品とでもいうような仕上がりです。
作者は「カフカとマンディアルグによって推理小説に導かれ、……」とあるので、まあこういった作者の來歴を知ればこんな小説に仕上がるのも納得、でしょうか。
「DL2号機事件」泡坂妻夫
やはり處女作からしてひと味もふた味も違っていたというか、續けざまに起こる不可解な出來事の背後にある眞相、それを見拔く探偵の逆説的な推理が見事。最後に殺人事件未遂が起こるのですが、日常の謎チェスタトン風味というかんじでしょうか。
飛行機の爆破予告、そしてその飛行機に同乗していた或る人物の不可解な行動がトンでもない事件へと繋がり、……という話。
この作品は作者の探偵、亜愛一郎初登場の物語でもありまして、この何処か拔けた、いかにも泡坂妻夫らしいユーモアの效いたキャラと、謎解きの推理の冴え、このギャップが何ともいい。
本作は創元推理文庫から出ている「亜愛一郎の狼狽」のなかにも収録されているので、興味のある方はどうぞ。勿論、「狼狽」も粒ぞろいの短篇が揃った傑作であります。
「さすらい」滝原満
作者の名前は滝原満となっていますが、田中文雄といったほうがいいでしょう。上の「DL2号機事件」と同樣、第一回の小説部門で佳作となった作品であります。本作はミステリというよりは竹本健治的な狂氣がいかにも不氣味な變格ミステリ。
庭の薔薇の手入れに余念がない隣の住人をいぶかしむ主人公の麗子。彼女の息子はこの隣家の栗原夫人に異常なほど懷いてしまっていて、麗子は或る日、自分の息子が夫人のことを「母さん」と呼んでいるのを聞いてしまう。夫にそのことを相談しても埒があかない。麗子は栗原夫人を尾行して、彼女が新たに購入したという新しい家を突き止めるのだが、……という話。
二人の女性の狂氣が最後に不氣味な眞相を明らかにする、というオチがいいですねえ。良質の恐怖小説というか。ミステリではないけども、この狂氣が創出した或るものに關してはちょっとしたどんでん返しがあって、これが終幕の恐怖にうまく繋がっています。
「炎の結晶」霜月信二郎
第二回小説部門の佳作入選作。ミステリというかあの當事の推理小説っぽい構成の物語で、どうにも火曜サスペンス劇場的なご都合主義な展開がちょっとアレでしょうか。
銀座の畫廊で、探偵と七年前の或る事件の關係者が邂逅する場面から物語は始まるのですが、この場面を經て、次の第二節のタイトルがいきなり「ハネムーン殺人事件」ですからねえ。「血ぬられたハネムーン!! 新郎殺され、新婦姿消す」という新聞記事にもある通り、上の畫廊で探偵と再會した關係者っていうのがこの失踪していた新婦でして。
彼女は新婦が部屋で殺されていたのに吃驚して逃げ出してしまうんですよ。まあ、それはいいです。しかしそのあとどうしたかっていうと、何と、父の知り合いで面識もない陶藝家のところに轉がり込んでしまうんですよ。これはいくら何でも無理があるでしょう!
で、この彼女が起こした破天荒な行動が後々トンデモない事態を引き起こしてしまうのですけど、事件のトリック自體はありがちなアリバイ崩しで、今となっては新味もないですねえ。
事件の手掛かりも何だか唐突に提示されていくので、どうにも物語の展開がバタついてしまっいるのが大きな缺点でしょうか。これ、長編でやればもう少し落ち着いた作品になったと思うんですけど、その意味ではちょっと惜しい。
「変調二人羽織」連城三紀彦
これまた格の違いを見せつけてくれますよ、という連城三紀彦の處女作。やはり最初からかなりヘンな作品で勝負に出ているあたり、上の泡坂妻夫と同じでしょうか。まず構成からして普通ではありませんから。
講談調で語られる物語は、作者の語りを全面に押し出した結構で、まず最初に作者の口から東京の空に鶴が飛んでいたという珍事をあげ、それと時を同じくして、鶴の文字をその名に織り込んだ落語家がホテルでの公演中に死亡したという事件が語られます。
落語家の事件は簡單に自殺として片づけられるのかと思いきや、現場には彼の胸を突き刺したと思われる凶器が消失していたことから、自殺ではありえないということになって、それをカメさんこと亀山刑事が調べていきます。そしてカメさんがその捜査の経緯を、かつての自分の後輩「僕」に語るという構成。
とにかく畳みかけるように小さな謎が提示され、それが否定されてはまた新しい謎が現れて、という構成に痺れますよ。衆人環視の殺人、凶器の消失という單純な事件に、ホンの些細な疑問を次々と絡めていって、推理の流れそのもので物語を展開させていく、「解決篇だけの探偵小説」。本格ミステリファンだったらこの小説の面白さは分かってもらえると思います。
本作も講談社文庫、そしてハルキ文庫に収録されているんですけど、何だかアマゾン見た限りだとどちらも絶版っぽいですねえ、というか何で連城の初期傑作短編集が絶版になってしまうのでしょう。更に調べてみたら、「夜よ鼠たちのために」も絶版ですか!
「蒼月宮殺人事件」 堊城白人
第三回小説部門に「変調二人羽織」とともに入選した作品なのですが、トンデモない怪作です。
解説いわく、作者のベスト3は「「黒死館殺人事件」、「虚無への供物」、「ドグラ・マグラ」を除いたら乱歩の「心理試験」、「獄門島」「瓶詰地獄」」だっていうんですからもう、素晴らしく偏った趣味をお持ちのようです。
しかし出て來た物語っていうのがこれまた小栗虫太郎の「白蟻」もかくや(何かこの台詞、前に何かのレビューで書いたような)というふうの、コ難しい漢字のオンパレードでして。それだけじゃなく、その漢字にまた頭を抱えてしまうようルビがふってあるんですよ。例えば「幻想」(まぼろし)。「幻想的」(ふぁんたすていつく)、大薔薇園(ろうぜん・がるでん)、「不可思議」(ふあんたすていつく)てなかんじでして、もしかして作者って、足穗リスペクトですか、っつうか足穗ってこんなかんじじゃなかったか。
物語の方も、けったいな探偵の前口上に始まり、辟易するようなコ難しい漢字を驅使して、舞台となる蒼月宮と美男美女の登場人物のことが語られるのですが、探偵の名前が青蓮院神一郎ですよ。流水大説ですかッ。
皆既月食の夜、「地下秘仏室」で発見された、四肢だけの死体。この秘仏室っていうのが、これまた凄くて、仏畫秘絵畫が四方の壁に巡らされてい、そこに佛像が無秩序に竝べられているようなところなんですよ。
いかにも虫太郎ってかんじの舞台も揃って、探偵に檢事もこの現場に駆けつけて捜査が始まるのですけど、不思議なことにそれ以後物語は俄然正統なミステリへと轉じていくのです。
疑問點を個条書きにして讀者に提示するところなど、いかにも虫太郎っぽいんですけど、その推理たるやいかにも筋のいい論理派のそれでありまして、このギャップが何というか凄くキッチュです。
何となくこのお話、美男美女の登場人物といい、舞台装置と御芝居めいた語り口といい(これはきっと虫太郎リスペクト)、月蝕歌劇団あたりが舞台化したら面白そうです、というか絶對に似合うと思うんですけどねえ。
ふう……何だかここまで書いてみてえらく長文になってしまったことに氣がつきました。正直疲れてしまいましたよ。まだ二作あるんですけど、驅け足でいきます。
「緑の草原に…」/ 田中芳樹
調査團を三度も派遣したものの、誰ひとりとして生還していない或る星への派遣を命じられたスズキが惑星開発機構の命を受け、七人の調査隊にくわわりその星に向かうのだが、……という物語です。
レムの某作品の雰囲気を濃厚に殘しながらも、最後にこの星の眞相や、スズキの正体に見事な転換を加えてミステリな仕掛けを見せてくれるあたり、流石だなと思いました。
「贋作たけくらべ」中上正文
捕物帖フウに話が展開するのですが、事件のオチなどもごくごく普通。あんまりパッとしませんでした、というか、自分のような好事家がアツく語れるような作品ではなかった、ということで。
本作に収録されている短篇の中では、やはり泡坂、連城、田中文雄、田中芳樹の四人は格が違う、というか、そんな印象を受けました。
ちょっと寂しいのが、卷末の初出一覧に掲載されている編集部の言葉でして、
村岡圭三、霜月信二郎、堊城白人、中上正文の四氏の連絡先が不明です。ご本人、もしくは消息をご存知の方からのご連絡をいただければ幸いです。
何だか「消えた漫画家」みたいなオチですねえ。おあとがよろしいようで。