同じ作家を二日續けて取り上げるなんてことはないんですけど、まあ譯がありまして、今日は昨日と同じ山田正紀の、「妖鳥(ハルピュイア)」「女囮搜査官」以前の作品である本作を。
「女囮搜査官」以前の氏の作品といえば「人喰いの時代」「ブラックスワン」「恍惚病棟」などがありますが、そのいずれもにも現実世界から激しく解離した奇矯な人物は登場せず、世界認識のずれが作風そのものに影響を及ぼしているような「妖鳥」「螺旋」以後の雰圍氣とも異なります。
それは本作も同樣で、地の文も意外なほどに淡泊で、登場人物たちもごくごく普通の人間ばかりです。
その一方で、「何故あんな事件が起こったのか」という動機の解明ともまた少し違うところに焦点を絞って物語を展開させているところなど、やはり一筋繩ではいかない作品ともいえるでしょう。このあたりが山田正紀。
元刑事で今は社長令嬢と結婚して退職したのち、妻の父の会社で肩身の狭い思いをしている大島、そして三年前に夫を殺された関谷礼子、礼子の夫を三年前に殺したとして逮捕され、心神喪失で責任能力なしとして無罪となった小島正已を中心として物語は進みます。
二年以上前に小島は関谷礼子の夫を芝浦の野積場で殺害したのですが、被害者と関谷を結ぶ接點がなく、逮捕當事、これは通り魔事件として処理されます。
大島は刑事時代、この事件を担当していたのですが、事件から二年以上経った今になって、関谷礼子から連絡があります。彼女はワープロで書かれた差出人不明の手紙を最近受けとり、そこにはあの事件で小島が彼女の夫を殺害するのにはれっきとした理由があった、と記されていた。
確かに夫と事件の起こった芝浦を結ぶ接點は何もなく、彼女は事件があった當事から、夫は何故芝浦に行ったのか、という疑問に取り憑かれていた。果たして彼女はその手紙について元刑事であった水島に相談を持ちかけるのだが、……。
水島が小島のことを調べていくうちに、宮内怜子という女性が小島と礼子の夫を結ぶ人物として浮かび上がってきます。果たしてその手紙を出したのは宮内怜子なのかどうか。さらに水島は知り合った新聞記者田村と事件について再び調査を始めるのですが、その過程でこの新聞記者は殺されてしまいます。この犯人は誰なのか、そして何故礼子の夫はあの事件當事、芝浦に行ったのか、……。
プロローグとエピローグをはさんで、物語は「関谷礼子」「水島則男」「宮内怜子」「小島正已」という事件の關係者の名前を章題に冠しています。ここで着目したいのが、この事件の關係者たちの名前でして。
殺人を犯した小島と元刑事の水島。そして夫を殺された礼子、犯人と被害者を結ぶ女性と思われる怜子。
実際、事件が進むごとに、水島は小島のなかに自分を見、そして自分が怜子と礼子、どちらの女性のことを考えているのか分からなくなっていきます。このあたりの虚構と現実、そして妄想と推理が混沌していくあたりに、その後の山田正紀の風格が色濃く感じられます。
この物語が徹頭徹尾ミステリの構成を借りているのにミステリらしくないのは、「何故被害者は事件のときに芝浦にいたのか」「被害者と犯人を結ぶ接點は何か」という謎を主軸に据えながらも、結局それは最後まで謎として明かされないまま(推理は提示されるものの)物語は同じ事件が未來に起こることを暗示させながら終わらせるというところです。
アンチ・ミステリともちょっと違うように思えるし、この構成が何とも不思議な讀後感を殘す所以かと思われますが如何。
強烈な印象は残さないものの、やはり普通のミステリ作家が描く普通のミステリ観からは離れている作品だなあ、と思わせる一作。氏のミステリの軌跡を辿るにはおさえておきたい作品でしょう。しかしこれも絶版ですか。
もっとも自分が持っている双葉文庫版は第一刷で1989年。もう二十年以上前の作品だから仕方がないのでしょうけども、ハルキ文庫あたりで復刊されないものですかねえ。
さて何故本日、急遽本作を取り上げたかというと、今日讀んだ本がアレだったからでして。まあ、何を讀んだかは前のエントリを見て頂ければ分かるかと思うのでここでは触れませんが、まあ、そういう作品だった、ということです。由緒ある例のシリーズの新作ということで、自分がやらずとも、近いうちにきっと誰かがレビューしてくれることでしょう。