昨日は展覧會を見に久しぶりに渋谷に行ったというのに、ブックファーストでは収穫なし。奥泉光の新作も、そして新城カズマの「サマー/タイム/トラベラー 2」もない。
何も買わないでこのまま帰るというのも悔しいので、ハヤカワ文庫の新刊に平積みになっていた本作をゲット。といっても本作は以前Jコレクションでリリースされた時に讀んでいたので再讀ということなるんですけど、実をいうとどんな物語だったか完全に忘れていましたよ。
というか、北野氏の作風に共通すると思うのですけど、細かい仕掛けや設定はしっかりとしているのに、全体の物語が判然とせず、どうにもとらえどころがないんですよねえ。
その一方で牧野修ほど強烈なイメージがある譯でもないのに、細かいシーンが妙に印象に残るのも不思議です。平易な文体ですべての出來事がただひたすら淡々と描かれていくのですけど、登場人物もこれまたはっきりとしていなくて誰が誰だかよく分からない。
とりあえず田宮さんという女性がこの物語世界の重要な鍵を握っていることだけは分かりますけど、それだけです。海馬という名前は度々出て來るのですけど、ある時はそれがアメフラシの名前だったり、人の名前だったりこれもまた現実(物語のなかでの)なのか、それともつくられた虚構の(物語のなかでの)ものなのかよく分かりません。分からないだらけの曖昧さがそれでいて妙な心地よさを感じさせるところが作者の風格でしょうか。
もっとも本作の場合、記憶の改変などが物語の仕掛けに絡んできているので、現実なのか夢なのか、他人の記憶なのか自分の記憶なのかといった事柄すべてが曖昧に感じられるのも當然といえば當然です。
その一「百貨店の屋上で待っていた子供の話」のなかで、この物語の世界が語られるのですが、語り手じしんもすでに記憶を改変されてしまっているので、この語り手の説明する世界じしんが正しいものなのかもはっきりとしません。
一応この語り手の言葉を信用すると、ある日、黒い靄のようなものが現れて、半徑五キロメートルほどの土地を覆ってしまった。そしてその場所は爆心地と呼ばれ、そのなかには誰も入ることが出來ません。しかし或る日、その爆心地と外部の間にゲーム・マシンがおかれているのを誰かが見つけ、そのマシンに乘ると爆心地の中に入る方法を悟るというのです。それから或る者は内部へと入り戻ってきたのですが、彼らは人格が一人殘らず人格や記憶が改変されていた。……
このまま爆心地というSF的な設定で物語を進めていけば、小松左京ふうの雰圍氣になっていくのかな、なんて普通の人は考えるのでしょうけど、実はこの爆心地という設定じたい、作者がこの物語に投じた仕掛けのひとつに過ぎません。
このほかにも人工知熊、アメフラシ、火星、逃げる脳、落語「あたま山」、……連關の見えないアイテムが満載です。その一方でデパート屋上のゲームコーナー、大食堂といった昭和の雰圍氣と郷愁を感じさせるものや、逃げていく脳、アメフラシを抱いたヒロイン(?)といった不可思議なイメージには奇妙な説得力があります。斷片的な情景が判然としない物語の周囲をふわふわと漂っているというか、そんなかんじ。
「あたま山」のように虚構と現実が奇妙な反転を見せたり、現実が虚構を取り込んでいったり、……そのような構成が意圖的なものなのどうかも分からないあたりが一筋繩ではいきません。やはり讀み返してみてもよく分からないのですが、それでいてやはり愉しめてしまうという不思議な小説です。というかここまで一册の本としての物語性を否定したものをそもそも小説といえるのかどうか。
タイトルは「どーなつ」だけども、このドーナツはメビウスの環のように捩れていたり、或いはクラインの壷のように奇妙なかたちをしているに違いありません。
ニアミスだ~。僕も昨日は渋谷のブックファーストに行きました(職場が渋谷なもので)。目当ては同じく「サマー/タイム/トラベラー」、当然結果も同じ(^_^;) 僕はマンガを買って帰りました。今日は出ているかな?
take_14さん、こんにちは、っていうか、コメント早すぎです(^^;)。
結局、「サマー/タイム/トラベラー」は本屋で探すの諦めて、bk1で昨晩注文しました。先ほど出荷したとのメールがあったので明日にはゲット出來るでしょう。
渋谷のブックファーストに行ったのであれば、「サマー/タイム/トラベラ 1」のサイン本が平積みになっていませんでした?購入しようか激しく迷ってしまいましたよ。