幻冬舍の帶には「乙一ファンの間で最高傑作と賞される長編小説」とあるのですが、どうなんでしょうねえ。確かに初期の切ない系の総決算の意味合いを持った物語であることは確かでしょう。
ただ角川スニーカー文庫の頃の作風と違ってきているのは、前半のアキヒロに對する陰險な虐めの描写などで、「GOTH」以降の暗い作風への転換を予想させるような風格も現れています。
そしてこのイヤ感覺の極北が「死にぞこないの青」でして、作者によれば本作は「青」のアダムの肋骨のような意味合いがあるとのこと、こちらもマストな一作でしょう。ただ、この作品、本作に流れている切ない雰圍氣を期待している方はやめておいた方が吉かもしれません。
さて本作ですが、「見えない同居人」というアイテムを取り入れたという意味で、本作は「失はれる物語」にに収録されていた「しあわせは子猫のかたち」と對になる作品なのかもしれません。話の纏め方は頁數もあって餘計な要素を入れていない「子猫」の方が上かも知れませんが、こちらはアキヒロとミチルの過去から現在までを地の文でじっくりと書き込んでおり、二人の心の交流が靜かな感動を呼ぶ終盤への盛り上げ方が巧みです。
時に印象的なシーンは、父が亡くなったあと、ミチルが駅のホームに立っている母親に向かって、窓際から声を上げて彼女を呼ぶところ。このシーンは中盤のミチルの回想とともに、最後になってある場所でもう一度、別の人物の回想によって繰り返されるのですが、ここが自分的にはグッときました。こういうシーンは本當にうまいです、乙一。
駅のホームで起こった殺人事件、というミステリ的な謎もあるものの、それは主題ではありません。アキヒロがこの事件の犯人だと思ってずっと讀み進めていくと、それが違うことが中盤で判明し、そこからミチルの謎解きをはじめ、最後に意外な犯人が明らかになるのですが、こちらの方はさらっと流しています。
長編といっても三百枚と少しというほどの長さですがあっという間に讀んでしまえる本作、「GOTH」へと連なるイヤ感の萌芽を感じさせつつも、初期からのファンへの期待にもシッカリ応えており、その意味では作者の代表作といってもいいでしょう。おすすめ。