個人的には泡坂妻夫氏の作品の中では一番ヤラレた感が強い本作は、アレ系の極北ともいえる技巧を凝らしたミステリでもあります。
舞台はデュ・モーリアの「レベッカ」をそのまま踏襲したもので、映画俳優の妻となった女性、伊津子の視点から物語は語られます。
彼女が嫁入りした映畫俳優の家の人々はおしなべて先妻貴緒を襃め稱え、先妻の亡靈に怯えるヒロインという構図はまさに「レベッカ」そのもの。しかし間違っても、こういう舞台装置の共通點ばかりに氣をとられてしまってはいけません。このあたりの仕掛けがあざといくらいにうまいんですよ。
物語のなかでは映画俳優の夫早馬が主演の映画「花嫁の叫び」の撮影が行われていくのですが、この内容というのが、
「一組の男女の純愛なんだけど、その愛というのが單純じゃない。男の方が相手女性に殺意を持っている。女性は男の殺意にまったく気付かない。ただその男を戀い慕っているわけだね。二人は結ばれるが、結婚初夜から、花嫁の身辺に、奇怪な出來事が続けて起る。それは、男が女性を殺害するための手段なのだけども、女性はそれでも、まだ男の本心が分からない」
……というもので、何となくこの物語のヒロイン伊津子と夫である早馬との關係を暗示させるものになっています。
さらに前妻の死因が自殺か事故であることを聞かされたヒロインと、夫である早馬を疑う人物などの台詞まわしで物語は進み、毒杯ゲームの席上で本當の毒殺事件が発生します。
果たして、前妻の死は本當に自殺か事故だったのか、もし殺人だったとしたら誰が殺したのか。そしてこの毒殺事件の犯人は誰か、……というあたりが謎として読者の前に提示されているのですけど、……最後の「花嫁の叫び」という章に至って明かされた眞相の吃驚したことといったら。
だってこの物語の筋運びと、この描きかたからはどう考えたって、この人物が犯人じゃダメでしょう、といいたくなるような、ギリギリの仕掛けなんですよ、これが。ある意味、あざとい。上のあらすじを書くときもよほど注意して書かないとアンフェアとかいわれそうで、苦労しましたよ。作者は勿論このあたり、シッカリと書いています。いちいち引用して指し示しても良いんですけど、まあ、すべてを讀み終えたあと、どのように書かれているのか、皆さん自身で確認してもらいたいと思います。
「湖底のまつり」のような舞台装置そのものに仕掛けを凝らした傑作。まあ、怒り出す人がいるであろうことも事実で、鷹揚な氣持で、とにかく騙されてみたい、と思うひとだけにおすすめします。