もう飛鳥部小説としかいいようのない物語です。一作家一ジャンルというか。
本作は「砂漠の薔薇」と對になっているとのことなんですけど、「砂漠」の方は未讀でも全然問題ありません。完全に独立した物語になっていますから。
一応、ジャケには「長編本格推理」と書いてあるものの、間違っても普通のミステリではありません。
主人公には眠る前に繪を見ると、夢のなかでその繪のなかに入り込めるという特技がありまして、殺人事件はその夢のなかで起こります。つまり、この時点で既に本格ミステリというよりは、幻想ミステリという譯でして、事件の起こる夢のなかの虚構と現実が後半に次第に混沌としていくさまは、奧泉光の小説を髣髴とさせるのですけど、幻想は幻想としてはっきりとした世界觀の上に成立している為に、虚構と幻想の挾間は曖昧乍らも、全体として物語の世界を俯瞰してみると、整然としていることに氣づかされます。
このあたり、いかな混沌とした情景もキャンバスという枠組みのなかにきっちりと纏めてしまう繪畫のようでもあり、いかにも繪心のある飛鳥部氏らしい小説といえるでしょう。
不可解な銃殺事件、そして首なし死体とこのあたりは普通の装飾なのですけど、ミステリとしての本領発揮となるのは、後半、當に古典のミステリのごとく、皆を集めて探偵である主人公が推理を披露するところからで、ここでは、「探偵に間違った推理を導き出させるために犯人が殘していった手掛かりをもとに推理を行うことは可能か」とか、「解決Aと見せかけたが、実は解決Bだったと、と見せかけて解決Cだった、……と見せかけて解決Dだったというような永遠の決定不能」についての議論などが交わされます。これが、いい。
というか、こういうのを讀んでワクワクしてしまうのって、相当の物好きでしょう。
つまり本作はごくごく普通のミステリ好きが讀んでも、それほどのめり込むことは出來ないのではと思ったりする譯です。
讀者のターゲットは完全に、いわゆるミステリ・マニア、……かと思いきや、この小説、ミステリ小説という外枠に設けられた「愛の物語」こそが本當の主題だったりするのです。夢の世界という自分がつくりだした虚構と、現実の間を往還する主人公と虚構のなかのヒロイン、……とくればだいたい皆さん、想像がつきますよね。ええ、この結末がまた何と物寂しい餘韻を殘してくれるのですよ。ミラン・クンデラの長編のアレ、或いは乙一の短篇のアレなどを思い浮かべていただければ、と思います。
破天荒な、というか破綻寸前の際どい幻想ミステリの結構に、端正な物語の餘韻を添えた不思議な小説。個人的にはかなり好きな部類に入ります。おすすめ。