ジャケ帯に曰く「日常と非日常、論理と非論理、人と人ならぬものたち……妖しき反世界の気配が読む者を幻惑し、魅力する。恐ろしくも可笑しい 可怪しくも神妙な、破格の怪談絵巻、第二集」。今回は前作『深泥丘奇談』に比べて「可笑しい」というナンセンスさとミステリ風味が絶妙な匙加減で添えられているのがミソ。
前作は怪談としての風格とミステリの技巧に注力しながら読み進めていったわけですが、本作はコロシもあるし、バカミス的奇想もブチ込んであるというまさに破格の一冊ゆえ、ミステリ読者でもかなり愉しめるのではないカナ、という気がします。
収録作は、怪異の真相を辿るうちおぞけを誘う怪談的情景が読者をあやかしの世界へと強引に誘う「鈴」、楳図風味のくすぐりも添えて生理的嫌悪とナンセンスの交合を目指した恐怖譚「コネコメガニ」。
不可解な事態の曰くを紐解きながら怪異の所以がさかしまなかたちで読者を直撃する「狂い桜」、人の生理におかしさを際立たせた寓話的結構がほほえましい「心の闇」、ホラー映画の見立て殺人というミステリ的展開にメタ的な趣向が微笑ましい「ホはホラー映画のホ」。
視点の変転を見せる結構がマジック・レアリズム的な変容を見せる「深泥丘三地蔵」、フツーっぽい殺人事件を描きながらも、「あの短編」の作者である綾辻式バカミスへとハジけまくった逸品「ソウ」、奇妙な死体の状況に異形の論理が炸裂する傑作「切断」、収録作中、もっともナンセンスな笑いを最大投下して苦笑する幽霊の曰くを明かしてみせる「夜蠢く」、不気味と郷愁が奇想天外な幕引きへとなだれ込む「ラジオ塔」の全十編。
上にもチラっと触れたとおり、前作ではよりミステリらしくない新境地としてアピールされていたのが本作では一転、連続殺人事件という結構にバカミス的な奇想を投入した逸品もあったりするのが素晴らしく、そんな中でも「ソウ」は、まさに「あの短編」をものした綾辻氏ならではの、ある意味「原点回帰」ともいえるナンセンスさが素晴らしい。不可解な転落死体に「ソウ」と綴られたタイイングメッセージと、ネタ的にはごくごくノーマルな謎解きが待っているかと思わせておいて、ダイイングメッセージに添えられたナンセンスと、そこから紐解かれる「意外な犯人」が見事にクロスした真相には完全に口アングリ。
「ホはホラー映画のホ」も、収録作の中では「ソウ」と並ぶミステリ風味溢れる逸品で、ホラー映画の見立てでコロシが続き、――という連続殺人事件の中で最後のコロシに見られる奇妙な捻れがメタっぽい構図を明らかにし、それがブラックなオチへと帰結する展開がステキです。
ミステリっぽい一編ということで個人的なイチオシは「切断」で、ゴージャスなバラバラ死体の切断面を精査していくうち、奇妙な矛盾が明かされ、――という謎の提示からいくつかの可能性が挙げられるも、そうしたリアリズムを遙かに飛躍したところから現れる真相は、フツーの本格ミステリ世界では絶対に描き得ない超絶さ。深泥丘ならではの奇想に唖然とすること請け合いです。
そうしたミステリ風味溢れる逸品が揃うなか、怪談の技法を用いた「鈴」や「深泥丘三地蔵」も印象深いのですが、恐怖小説としてもその不条理な情景が印象的な「狂い桜」がいい。旧友たちで酒を飲んでいたところ、誰かが席を外すと、周りの連中は彼が死んだと囁きだし、――と何やら『錯誤配置』をも彷彿とさせる謎の提示から一気に引き込まれてしまうわけですが、彼らのそうした不可解な行為の真意が明かされるとともに、それがなされなかた際の帰結が何か単純には割り切れない不気味さを残します。
何となく日本的というよりは、……たとえばディーノ・ブッツァーティの短編集あたりにさらりと入っていてもおかしくないような、そんな雰囲気をたたえた傑作で、イタリア語とかスペイン語で翻訳されたりしたら、向こうの読者がどんな感想を持たれるのカナ、……なんてことを考えてしまいました。
「ソウ」や「切断」の真相で爆発したナンセンスの風格は、「夜蠢く」では、楳図的ともいえるギャグの領域へと達しており、ある虫を駆除しようとしてトンデモないことになる語り手のうろたえぶりなどは完全に漫画チック。
「ラジオ塔」も、冒頭からの不気味な情景は怪談か、あるいは幻想小説めいた郷愁を誘うのですが、最後に爆発する奇想もこれまたある意味笑ってしまうというか漫画チック、――というわけで、怖さ、不条理、ロジックのほか、こうしたナンセンスを極めた綾辻ワールドをイッパイに愉しめるという点ではジャケ帯にある「さらなる挑発」という惹句にも納得です。
ここまではっちゃけた綾辻氏は見たことないッ!という点だけでもファンとしてマスト。個人的には楳図マニアに是非とも手にとっていたただき、バーIARAを初めとする小ネタも含めて愉しんでいただきたいと思います。前作とは雰囲気が異なるので、本作から深泥丘ワールドにハマるのも大いにアリ、というわけで『深泥丘奇談』を未読の方でも没問題にオススメ、ということで。