第二十回鮎川哲也賞受賞作。『ボディ・メッセージ』が本格としての「見せ方」に注力した骨太の作品だったのに比較すると、こちらはゴシック装飾の施された舞台で密室殺人、と本格原理主義者が小躍りしそうな風格ながら、百合風味も添えた娘っ子尽くしという登場人物からイメージされる通りに、詩的、静的な印象の強い物語で、堪能しました。
確かに本格ミステリとして見れば、原理主義者が三度のメシより大好きな密室トリックについては「おいおいおい、死体が滑車やら風車の原理でブーンッと宙を舞ったりするような空前絶後の大トリックがねーじゃン」とブーたれてしまうようなネタながら、過去と現在の事件を連関されることでそのトリックが美しいものへと昇華される趣向など、トリック云々よりも、その構図の組み立て方に抜群のうまさを見せているところが素晴らしい。
物語は、コゴロウなる日本人が捕虜収容所から逃げ出すも、迷い込んだある教会堂で不可解な連続殺人が発生という謎と、かつて忌まわしい事件のあった件の女子校で娘っ子たちがお籠もりをするなか、再び陰惨な密室殺人が、――という話。
基本は現代編とでもいうべき全寮制の女子校での殺人事件が中心ながら、娘っ子の祖母が遺したという手記などによって、過去の事件がほのめかされてい、それがまた巧みな誤導となっているところも秀逸です。探偵役となるのが、横浜からやってきた日本人の娘っ子で、ノッケからホームズを彷彿とさせる人間観察も交えた推理をサラリと披露してみせたりと人物造詣にもうまさがあり、さらにはこの探偵が蘭子と優佳のいいとこどり、みたいなクールさを備えているとこもいい。
全寮制の女子校といえば百合、と読者が嫌でも期待してしまうネタについても、しっかりと事件に絡めて開陳してみせるなど読者サービスもぬかりなく、また過度なエロに走らずともにおいたつようなエロティシズムを感じさせる艶のある文体も好感度大。
もっともこうした物語をしっかりと読ませる結構を持たせながら、そこに派手派手しさこそないものの、精緻な誤導を要所要所に凝らしつつ、過去と現在の事件を連関させて本格ミステリならではの美しい構図を組み立てているところが本作最大のキモでありまして、例えば上にも述べた通り原理主義者的視点からすればクレーム必至ともいえるトリックについても、探偵が明らかにする通りに「観念的な密室」として見ると、その趣もまた違ってきます。
さらにはこの密室トリックは過去と現在を結びつけるとともに、現在の事件においては、本格ミステリ世界に相応しい装飾を伴ったものとして昇華されていることが、長いエピローグ(作中では「冒頭から続くプロローグ」としているところもニクい)の中で明らかにされるという見せ方も素晴らしい。このように過去と現在を照応させることによって、細やかな誤導と本格ミステリならではの装飾性が構図の中から立ち現れてくる後半の展開は本作の大きな見所でしょう。
また、過去と現在とロジックの中で結びつけるといっても、探偵がそれらを一息に語ってみせるのではなく、推理を多層化させることによって、どんでん返しともまた違う、――いうなれば構図が重ねられることによって、物語の背後に隠されていた本当の絵画が見えてくるような面白さが、後半の展開に活かされています。
密室に拘泥することでトリックばかりに注力した結果、物語そのものはどうにも定式化されてしままうような描き方をあえて避け、構図の構築性に注力してあるところが現代本格らしく、選評で多くの選者が口にしている瑕疵のようなものは、本作を読んだ限りでは感じられませんでした。
コゴロウという名前のミスリードに絡めて、本作における探偵が事件に関わることになる経緯やその立ち位置などにも、本格ミステリにおける「探偵」の役割を意識した現代本格らしさがあり、また現代編で活写される死体の様相、――犯人が腹をえぐったその理由の歪みや、脅迫文の真意の反転など、全寮制の女子校での陰惨な殺人事件というコード型めいた定型の外観とは相反して、本格ミステリとしての誤導や構図の構築美などは非常に現代的。
密室という事件の様態とトリックに注力した読みに「しか」興味ナシ、という方にはアレですが、ミスリード、ロジック、動機、構図といった細部にも眼を配った読みのできる現代本格読みの方であれば、『ボディ・メッセージ』と同様、十二分に愉しめるのではないでしょうか。オススメ、です。