第二〇回鮎川賞受賞作。選評を見ると、御大イチオシという一作ゆえ、同時受賞の『太陽が死んだ夜』は後回しにして、まずはこちらから取りかかってみたのですが、結論からいうと、鮎川賞らしい本格の一作で、堪能しました。
物語は、とある探偵事務所の二人が、奇妙な依頼に怪しい屋敷を訪れると、そこでは首と片腕を切断された死体がゴロンゴロンと転がっている現場に遭遇。あたりは一面血の海という猟奇的様子にビックラこいてその場からトンズラするものの、のちに死体は消失。自分たちがハメられた事件を調べていくうち、別の事件との奇妙な繋がりを見せ、――という話。
怪しげな屋敷に突然、首と腕を切断された死体が登場、という猟奇的事件ながら、ジメジメした感じがしないのは、舞台を日本ではなくメリケンにしていることもあるかと推察され、また物語の展開も探偵事務所の連中がほぼ総出で色々と考えを巡したり、天才的な東洋人探偵がスラリと謎解きをしてみせるなど、最近の鮎川賞の風格とはやや異なるところも面白い。
犯人にハメられた探偵たちが事件を追いかけていくうちに、過去の出来事や関係者が次々と連関を見せていくなど、探偵を中心としたハードボイルドチックといえなくもない展開を見せるものの、猟奇死体はもとよりその周辺に巡らされた小さな謎が実は大きな伏線になっていたことが明らかにされるという、本格らしい骨太な推理のプロセスが美しい。
実をいうと、猟奇死体に関していえば、その真相は、本格読みのほとんどの読者があることを思い浮かべ、しかしそのすぐあとに「いくら何でもこれはねーだろ(苦笑)」と嗤ってしまうネタで、実際にその「これはねーだろ」というものが真相だった時には本作の感想もやや脱力に傾いてしまったのですが、もう少しその真相開示の周辺に目を凝らしてみると、非常に巧みな「見せ方」をしていることに気がつきます。
例えば、これは選評でも笠井氏が評価しているところではあるのですが、事件を追いかけていく過程で、犬舍における不可能犯罪が開陳されます。それはおそるべきテクニシャンでないとほぼ不可能、といった事象なのですが、それを端緒にこの事件の真相へと繋がる大きなヒントを提示するとともに、件の猟奇死体の謎をも解いてしまうというスマートさがいい。
そして、物語の中盤にも、件の死体の樣態はもとより、その屋敷や関係者にまつわる様々な謎が箇条書きにされて読者の前に提示されるのですが、それもまた、この真相のキーを填めてみることで、そのすべてがあっさりと解けてしまうという見せ方も素晴らしい。このあたりの卓越したセンスは一級品で、堂々たるもの。
探偵の造詣が御手洗っぽい、っいう指摘が選評にありましたが、個人的にはそんなに御手洗っぽいという印象はありませんでした。むしろ東洋人にして怜悧な雰囲気は非常に魅力的で、このあたりも好印象。本作では事件に巻きこまれた探偵二人や探偵事務所の人間たちも要所要所で推理を繰り出し、そうしたシーンがまた常に読者の視線を謎へと惹きつけるものとして作用しているところもうまい。
実際、御手洗というのは非常に個性的であると同時に、ホームズのキャラをデフォルメしたものであったりするゆえ、その肥大化された饒舌や変人といったキャラ部分をそのまま抽出して、自分が造型した探偵キャラに組み込んでしまえば、御手洗モドキの一丁上がりィ、――とうまくいくかといえば、決してそんなことはなく、その多くはひどい破綻を見せているわけで(ヒント。「レタス」、「アフロ」「寅さん」)、そうそう簡単にできるものではありません。
ありふれた猟奇的情景を、敢えてアメリカを舞台にすることで、陰惨たる、――というような定型化されたものから独自性のある謎の樣態へと仕上げてみせたところや、大きな謎の周囲に細やかな謎を鏤め、それを伏線へと転化させる推理の見せ方など、拔きん出た本格のセンスを感じさせる一作といえるのではないでしょうか。次作もまた期待したいと思います。