あの怪作にして傑作『堕天使拷問刑』の衝撃再び、という本作、これ以上はもう無理ッというほどのやりすぎな怪奇趣味と、本格ミステリという「世界」ならではの狂気に支配された超絶論理とバカミストリックの交合に涅槃行きは確実というこれまた傑作で、堪能しました。
物語は奇傾城なる秘宝舘くずれの奇妙な舘で発生した首切り殺人の謎、――というシンプルなものながら、まずもって登場人物どもの奇天烈ぶりが半端ないところから完全に飛鳥部ワールド。城主からして化け猫風情だし、そのお供をしているのがノコギリを手にしたトカゲ女という激しさで、おまけにこの舘では以前に怪死事件があり、復員兵の幽霊がでるという噂もある。
こうした、いかにも古典からの定番ともいえる幽霊譚を添えたアブない舘で、幽霊の仕業としか思えない猟奇殺人が発生するわけですが、ここに氏ならではの超絶的な企みが凝らしてあるという趣向がもう最高。
怪異という謎を論理によって解体するという、本格ミステリならではのお約束そのものが誤導となり、それによって事件現場の様態が転倒した意味へと変化してしまうという離れ業は本作最大の衝撃で、これだけでも素晴らしいのですけれど、これにくわえて『堕天使拷問刑』でもお馴染みの奇想が炸裂する密室トリックのバカバカしさは本作でも健在です。
また上に述べたような本格ミステリ世界でのみ通用する共通観念を逆手にとった趣向がある人物のあるものと交錯を見せた結果、密室の成り立ちの意味そのものが、奇妙に捻れたものへと昇華されてしまう趣向もいい。
奇妙な登場人物ばかりという異常世界だからこそ、猟奇的な殺人事件が起これば、その奇妙な人物の狂気がその動機、――と大方の読者は考えてしまうものの、真犯人の徹底した偏執的思考は、「探偵」の想像の遙か斜め上を行き、この「探偵」の犯人指摘から、真の構図の開陳の間に、事件が発生するまでの経緯をじっくりと書き出していくという変則的な構成がまた秀逸。
黒というこの事件の鍵を握るとおぼしきゴスっ娘とその取り巻き連中の変態ぶりも、完全に飛鳥部ワールドで、死体を拾って冷蔵庫に入れといて、それを盗み出して放置しておいたら消えちゃった、という死体の消失の謎までがさりげなくおまけでついてくるというサービスぶり。この死体消失の真相から『鏡陥穽』を彷彿とさせる地獄巡りへと物語は転がっていくのですが、現実か悪夢かというこの地獄絵図も、B級ホラーか特撮か、はたまた……という妙なテンションで盛り上っていきます。
後半の、おまけとはいいながらお馴染みともいえる、フーダニットと語り手のアレをアレした仕掛けに目を奪われていると、奇怪な登場人物たちの奇妙な振る舞いのすべてに意味があったことが明かされる後半の展開から、いよいよ想像の斜め上を行く密室の謎解きへと流れていく結構もいい。また密室の「謎」を主軸に据えながらも、場面展開の課程でフーダニットに独特の趣向を凝らして、ヒロインの内心と心の傷を明かしていきながら物語を静謐叙情の方向へと振り向けていく舵取りもいうことなし。
まさに変態異形の恋愛物語ともいえる幕引きの寸前、密室殺人の傍らでさらりと語られていた逸話のことごとくが繋がり、ひとつの構図へと収斂していく見せ方も面白く、『堕天使拷問刑』に比較すると、中心となる事件は件のコロシだけというコンパクトさながら、こうした様々な逸話を伏線へと転化させる無駄のない構成にも注目でしょう。
最後にオマケなんですけど、鋏をモチーフに痛怖い逸話が語られるところや、ヒロインのママがキ印で怖いな逸話、さらには城内での怪物どもが入り乱れてのテンヤワンヤに、最後の一文の決め台詞と、それぞれ『神の左手悪魔の右手(錆びたハサミ)』、『ママがこわい』、『猫目小僧(小人ののろい)』、『わたしは真悟』という楳図ワールドをイメージしてしまったのは自分だけかナ、と感じた次第。
『堕天使拷問刑』における奇想トリックと、『鏡陥穽』の怪奇趣味を交合させた一冊で、飛鳥部小説の変態趣味を一冊で存分に味わってみたいッ、という奇特な御仁にオススメしたいという逸品ながら、フツーのミステリ読みにしてみれば、その異様にすぎる登場人物や頭のイカれたとしか思えないやりすぎな展開に拒絶反応を起こしかねないという、完全に取り扱い注意のブツでもあるゆえ、このあたりをご理解の上、読まれることをオススメしたいと思います。
とはいいながら、『堕天使』と『鏡陥穽』というミステリと怪奇の極北を合わせた一篇でもあり、飛鳥部氏の現時点での到達点ともいえる一冊ゆえ、ファンであればこれはもう文句なし買い、でしょう。