あらすじをざっと纏めると、自衞隊の特殊兵器がトンデモないことになって町全体がテンヤワンヤの大騒ぎ、そこに陸自空自の確執だの双子姉妹が絡んで「もしかしてクトゥール?」みたいな悪夢絵巻が大展開されるというお話ながら、このテンヤワンヤにナルコレプシーだ何だのといった素材をジャーゴンまみれでゴロンと投げ出してみせたところが中井ワールドのキモ。
文体にしても細部の描写にしても、またこうした素材とSF的意匠を持たせた素材の絡みにしても、もう少し洗練させたかたちでまとめることも絶対に可能な筈で、まとまりのない野暮ったい風格が前面に押し出された風格は完全に好みの分かれるところかもしれません。しかし、登場人物たちのどうにもあさっての方向に全力疾走してみせる破格の描写も含めて、絵画でいえばムラだらけの描線が大きな個性となっているところがある意味奇跡。
「被爆」した人間が見るという悪夢は一見するとラブクラフト先生御滿悦ともいえる描写ながら、物語の終盤、すべての世界観をひっくり返してしまうような真相が明かされ、この事実が奇妙に敍情的な幕引きの美しさを際立たせているところが素晴らしい。
それぞれに目をやればムラだらけなのに、この幕引きから反転された物語世界を再び俯瞰してみると、この乱れが美しく見えてくるという不可思議さ、そして登場人物たちがかみ合っているように見えて乖離している物語の流れも破綻寸前のところで踏みとどまり、結局は最後まで読まれてしまうというのはやはり相当の技倆を持ってしかできない筈で、欠点に見えるさまざまな細部もこの物語ならではの強い個性なのかな、と納得させられてしまいます。
「獣の夢」もそうでしたが、皮相的に見える描写が小説世界の外の現実を巧みにトレースしたものであったりとその評価に油断がならないという点は同じで、自衛隊員たちの妙に演劇めいた台詞回しも十分にヘンではあるのですけれど、この計画の中心人物の偏執的な振る舞いはこうした格式ばった人間関係の中でこそ異様な光を放って迫ってくるものであるし、物語を牽引していくもう一つの軸である双子の姉妹とそれほど大きく交わることなく彼の物語が反転されるラストといい、中井ワールドは小説世界における歪みもまた世界の構造そのものであるということを思い知らされた一編でもありました。
綺麗に整理整頓された普通の小説を読み慣れた人が手に取ると、このぎこちなさと歪みに辟易としてしまうのではないかと推察されるものの、一冊でも作者の過去作を読まれた方にとっては、本作もまた紛うことなき中井ワールド。歪みと錯綜、そして混沌の彼方に反転して現出する抒情的なラストにノックアウトされること間違いナシ、という逸品といえるのではないでしょうか。完全に人を選ぶ取扱注意の一冊、ということで。