「ミステリ魂。」の赤に対してこちらは青。赤のジャケ裏にあるウリが「魅力的な謎」だとしたら、こちらは「謎解きの登場破り、歓迎します」とあるものの、こちらも謎解き云々の際立った短編というよりは、様々なミステリ的趣向の活かし方を愉しむべき作品集というかんじでしょうか。赤には乾氏の傑作「≪せうえうか≫の秘密」がありましたが、こちらにはあそこまでトンがった作品は少なく、そうした意味ではより広い読者を対象にした一冊かな、という気もします。
収録作は、例によって外道野郎にコキ使われることになった主人公が出会った超天才ボーイの戦慄すべき能力とは、平山夢明「人類なんて関係ない」、死に魅了された友人の奈落を古き良き探偵小説タッチで綴った久坂部羊「祝祭」。
奇天烈タイムマシンで未来へと飛んだばかりに殺人事件へと巻きこまれた男の奈落、不知火京介「マーキングマウス」、哀しき過去の記憶に連城的逆説をもって構築された構図が素晴らしい黒田研二「神樣の思惑」、人に言えない変態趣味を持つフツー男たちの集いで起こったとある事件とは、倉知淳「Aカップの男たち」。収録作中、密室事件というオーソドックなネタを扱った村崎友「鎧塚邸はなぜ軋む」の全六編。
平山氏の「人類なんて関係ない」は近作「ダイナー」にも通じる、外道野郎とマトモな思考を持つハードボイルドな主人公との対比を際立たせた一編で、主人公がとある能力を持つ異能ボーイと知り合ったがために物語が転がり出すという展開は「メルキオール」をも彷彿とさせます。平山氏の一編ゆえ、敢えてオーソドックスなミステリ読みの骨法をもって挑むのもアレなんですが、中盤に異能ボーイの奇妙な行動をひとつの謎として物語の転換点にしている結構が面白い。そこからのカオスと、タイトルの意味を表した主人公の台詞がハードボイルドでありながら「リング」的世界観をも暗示しているところもいい。
「祝祭」は、死にとらわれた家系に生まれた友人の不可解な死、――というふうに主人公の友人を絡めた展開が何やら往年の探偵小説を想起させる佳作ながら、奇妙な死に樣にキチンとした説明をつけてみせて幕とするところなど、作品全体から醸し出される雰囲気は大真面目。これがまた続く「マーキングマウス」の脱力至極な、往年の探偵小説風味と微笑ましい対比を見せている構成が面白い。
タイムマシンにコロシを重ねたネタはフツーながら、個人的にはこのタイムマシンがアレだという苦笑ネタだけでも好印象で、教授の死にフーダニットを見せながらも、時間旅行の趣向に逆説的な動機と事件の構図を開陳した幕引きが秀逸な一編です。
黒田氏の「神樣の思惑」は収録作の中では感動ものながら、連城ミステリにも通じる強烈な逆説を際立たせた傑作で、語り手が過去にかかわることになった二つの死の眞相がある再会をきっかけに明らかにされるという構成です。親の子に対する気持ちや子供時代ならではの死に対する思いなど、様々な角度から死の意味合いを照射し、それが逆説ロジックによって美しい「犯罪」へと昇華される悲愴感を漂わせた眞相ながら、どこか清々しくもあるラストが素晴らしい。個人的にはこの一編が読めただけでも大満足。
ちなみに本作はRound1、2、3と三つのラウンドに分かれているのですが、最後の「Round3 鍵」が一番ヘン。というのも、倉知氏の「Aカップの男たち」は感動のフレーバーを効かせた平山氏や黒田氏の作品や、往年の探偵小説っぽい雰囲気の感じられる久坂部氏や不知火氏のものに比較すると、完全にバカ。
とはいえ手抜きはマッタクなしで、とあるブツの消失に絡めてシッカリとここでもひねくれたロジックを開陳しているところが面白い。敢えてこの消失の謎が現れる舞台については詳らかにはしませんが、タイトルに仄めかされているあるものに夢中な連中のオフ会で、これまたそのあるモノに関連するブツが衆人環視の中で消失した、――というもの。「消失」を謎の端緒としながらも、とある気付きからロジックによってその謎の意味合いをひっくり返してしまうという豪腕ぶりをスマートに描いているところが秀逸です。
「Aカップ」に比較すると「鎧塚邸はなぜ軋む」は、オーソドックスな密室もので、何かひとつブッ飛んだり、トンデモな妙味の感じられる短編ばかりのなか、これだけが浮いてしまっているところがアレなのですが、密室の謎としてはあるものの描写を回避して読者に密室の鍵となるモノに気づかせない技法が非常にスマート。密室の「トリック」そのものは小ネタながら、その仕込みのうまさが光る一編でしょう。
赤と青、それぞれに特徴的ではありますが、本格ミステリファンだったら、乾氏の一編だけで文句なしに赤がオススメなわけですが、感動のフレーバーが薫る黒田氏や平山氏の作品も捨てがたく、よりフツーのミステリを所望の方には本作、青の方が愉しめるカモしれません。