傑作。「ミステリーズ! 新人賞」受賞作である「砂漠を走る船の道」だけではない、本格のロジックによって人間ドラマを描き出すという風格が素晴らしい逸品をズラリと並べた一冊で、大いに堪能しました。
収録作は、砂漠の地での連続殺人に異形のロジックが冴える「砂漠を走る船の道」、相通じる二つの人間消失の謎に凝らされた相違に、絶妙な気付きを添えた結構と複数の可能性の提示をシンプルな真相開示によって見事にキメてみせた「白い巨人」。
「砂漠」にも通じる異郷ならではの異形のロジックと、幻想ミステリへと近接した幕引きも印象に残る「凍れるルーシー」、密林での疫病パニックのさなかに起こったコロシに、これまたこの地ならではの狂気の論理が開陳される「叫び」、そして今までの風格をすべて無化してシリーズ化の可能性を断ち切った非情に、作者の強い決意が見られる「祈り」の全五編。
異郷ならではの異形のロジックが爆発するという点で、やはりイチオシなのは「砂漠を走る船の道」で、毒の風による大スペクタクルから一転、不可解なコロシから旅仲間が疑心暗鬼に陥っていくさまなどをジックリと描き出し、最後にコロシの真相が異形の論理によって明らかにされるという結構がもう最高。
この動機の奇天烈さは昨年の収穫「神国崩壊―探偵府と四つの綺譚」にも通じる凄まじさで、これだけでも本編は大いに評価できるというものながら、個人的に惹かれたのは、旅の途中で亡くなった長しか知らなかったというあるものの謎解きがなされた瞬間、異形の論理に支えられていた動機の實相が見事に無化されてしまうという構成でしょうか。こうした二つの謎を重ねた見せ方も含めて、本格ミステリの傑作と絶賛したくなる逸品でしょう。
「白い巨人」も、「砂漠」と同様、二つの謎を重ねた結構に作者ならではの技巧が冴えた一編で、風車からの人間消失という事件を、伝説と語り手自らが体験した二つの謎として提示してあるところがミソ。まず読者はこの二つの事件に共通した真相を求めて様々な推理を働かせていくのですけれど、仲間内で推理合戦を行う途中に開陳される様々な「真相」もそれぞれに魅力的ながら、伝説となっている消失事件の謎解きに対して、自ら体験した人間消失の真相を知りたい語り手がやや離れたところから眺めているという、この視点がいい。
二つの事件に共通した謎解きと真相という、――本格ミステリ読みが期待してしまう流れを根底からひっくり返す形で後半の推理は展開されていくのですが、伝説となっている人間消失の事件そのものに焦点を当てるのではなく、ある歴史的事実を明らかにすることで、謎を構築していた土台をひっくり返してみせるという豪快さ。
これを端緒として、読者の視点を二つの事件の相違へと向けさせていく結構も盤石なら、リアルの人間消失におけるあまりにシンプルな真相を、推理合戦の時の謎解きと対比させた見せ方もいい。このリアルの人間消失もまた、日本のような土地では起こりえない、――まさにこの場所だからこそのものであり、その手がかりが、伝説とリアルという二つの謎の大きな相違にあったという伏線の張り方も素晴らしい。
「凍れるルーシー」もまた、その構成は「砂漠」の変奏ともいえるもので、リアルのコロシがまず事件の謎として提示される一方、「砂漠」における長しか知らない秘密にも通じる腐敗しない死体という謎を、物語の後景に据えてあるところが秀逸です。
あるコロシの存在が明かされ、そのコロシと前半に描かれていた腐敗しない死体の謎が推理の過程で繋がっていく展開も良ければ、犯人の犯行が明かされていくなかで、もう一つの強烈な謎がさりげなく提示され、それが幻想ミステリにも近接する幕引きへと流れていくところもいい。異形の論理によって現実の犯罪が解かれたあと、もう一つの隠された謎が解かれるという構成が「砂漠」と同様、見事に決まった傑作でしょう。
「叫び」は、密林の部族の間に疫病が蔓延するさなか、奇妙なコロシが発生して、――という物語ながら、ここでもひとつひとつの犯行方法に添えられた不可解な点を疫病と結びつけて犯人を限定していく中盤の推理から、異郷における異形の論理によって真相が暴かれていく息詰まる後半の展開が秀逸です。
「凍れるルーシー」といい、「叫び」といい、ホラーっぽい終わり方をする二編から一転して、「祈り」では、この連作に隠されたある非業が明かされていくのですが、読者によってはこの「祈り」はなかった方が良かった、という人もいるカモしれません。自分もその点に関しては正直複雑な気持ちでありまして、カラッとした明快な、分かりやすい本格ミステリ短編集の一冊として見れば、「叫び」で終わりとし、この探偵のシリーズ化を期待する方がほとんどではないか、……また同時に、これほどの本格ミステリの傑作短編をものに出來る作者であれば、編集者としてもこの探偵のシリーズ化を期待するのは当然かと推察されるものの、そうした路線をバッサリと非情にも切り捨てた作者の決意には大きく打たれます。
同時に、この決意が「祈り」における洞窟の真相にも相通じるものを感じるにつけ、ラストシーンに描かれた希望が胸に響くという、連作短編という結構に凝らされた仕掛けもいい。次はいったいどんな方法で本格読みを魅了してみせるのか、それは連作短編なのか、長編なのか、――新作を期待して待ちたいと思います。オススメ、でしょう。