「犯行状況時の生徒たちの動きを、93枚の見取り図で追った実験的小説」という紹介文だけを読むと、何やら非常に先鋭的な技法を凝らした超絶ミステリ、という印象を受けてしまうものの、実際のところはというと、ここに言われている実験的な要素というのは件の見取図がタップリ凝らされている見せ方だけでありまして、物語の内容、結構自体は非常に明快ゆえ、パンピーな読者でも充分についていける質感を持った逸品です。
物語は、とある教室で起きた殺人事件の背後にはおそるべき陰謀が、――みたいな内容で、警察が事件の再現を行い、またマスコミがこの事件の取材を行っていくうちに事件の構図は二転三転、果たして真相は何なのか、という物語。
事件の再現を行う最初から件の見取図が連打され、この図そのものに何か仕掛けがあるのカナ、なんて本格讀みは身構えてしまうわけですが、このあたりは地の文に書かれた説明を判りやすくための純粋な見取図と考えて軽く讀み流し、スピーディーな展開に身をまかせた方が断然に愉しめると思います。
犯人も明らかで、被害者も判りきっているという事件の様相から、犯行方法そのものに大きな謎が隠されているわけではなく、むしろこの教室に何があったのか、そして事件の背後にはいったいどんな闇が隠されていたのか、というあたりが、次々と明かされていくのですが、このあたりの小刻みなどんでん返しを凝らした結構は、本格マニアの視点から見ると連城ミステリ的ともいえるものの、連城メソッドとの大きな違いは、本作における反転はあくまで事実となっていたある事柄を否定して、新たな謎を連ねていくというシンプルさにあります。
どんでん返しが同時に読者の想像を遥かに超えた真相を明らかにするという、本格ミステリファンが思わずのけぞってしまうような本格ミステリ的な趣向はあえて退け、パンピーな読者にも判りやすい、既成事実の単純否定という見せ方で綺麗にまとめてあり、それがまた本作のスピーディーな展開を盛り上げることにも寄与しています。
やがて事件の背後には黒幕がいたことが明かされ、陰謀劇とでもいうべきキナ臭さが漂ってくるところなど、何やら劇画チックな展開も明快で、小刻みなどんでん返しを繰り出すことで「真の犯人」と「被害者」に対する印象を反転させていく見せ方も秀逸です。
一昔前であれば、おそらくは大岡昇平の「事件」のような法廷小説として書かれたんじゃないかナ、なんてことを思わせる事件の構図と仕込みを、ジェットコースター・ドラマみたいなサスペンス風味をふんだんに凝らして活写したところが現代風で、さらにはマスコミも交えてのテンヤワンヤや、黒幕だの謀略云々と劇画ネタを一杯にブチ込んでチープさを引き立てている確信犯的な風格など、湊女史の「告白」にも通じる確信犯的なB級ミステリながら、パンピーでも安心して手に取ることができる読みやすさと、見取図の大盤振る舞いで実験小説に擬態して本格マニアをも射程に入れた装丁など、現代の空気をビンビンに感じられる一冊といえるのではないでしょうか。
個人的には本作の内容そのものよりも、この一冊に収録されていた短編とも相通じるテーマを本作が取り上げていたことが興味深く、この舞台にこのテーマは今の時代を表しているのかナ、と感じた次第です。もっともこのあたりは、若手評論家がポストモダンな専門用語とともに「動物化」といったキーワードもシッカリ添えた論考を書いてくれそうな気がします。パンピーや現代社会が抱える諸問題だのコ難しいことはよく判らないし、そもそも本格ミステリを愉しみたいだけですからー、というようなフツーのミステリマニアは、一編のサスペンス映画を見るような気持ちで本作のスピーディーな展開に身をまかせてみるのが吉、でしょう。