クラニーの新作時代もので、火盗改香坂主税シリーズとしては「影斬り」に続く第二弾。時代ものではこっちよりも「素浪人鷲尾直十郎」ものの方が好みだったりするのですけど、全五話を手堅くまとめて、ごくごくフツーの時代小説ファンでも愉しめるものに仕上げる手腕は流石という一冊で、収録作は、……ってここまで書いて気がついたんですけど、中に入っていた折り込みによると本作は「長編」時代小説とのこと。うーん、でも第一話から第五話までそれぞれが独立したお話で、個人的にはノーマルな短編小説集として読んでしまったのですけど、何か連作短編フウな仕掛けでもあったりするのでしょうか。
まあ、そのあたりはおいとくとして、収録作品は、集団リストラにあった野郎がゴロツキとなって香坂を翻弄する「風斬り」、愁嘆場に出くわした香坂が一家を不幸に追いやった影のワル男を成敗する「返り花一輪」、邪劍をもって辻斬り三昧のゲス野郎に挑む香坂の活躍を描いた「本郷燕返し」、衆人環視での人間消失という一見本格ミステリふうの謎を提示しながら、双葉文庫の時代小説ファンに配慮した緩い真相に人情噺を添えた「深川紫頭巾」、ボンボン野郎の若造レイプ集団に香坂の正義の劍が光る「思いの箱」の全五編。
いずれも短編ゆえの制約か、香坂がかかわることになった事件の背景は謎解きといった煩雑な手続きは抜きにして、やや唐突なかたちで真相が明かされたあとはチャンバラへとなだれ込むというフォーマットゆえ、クラニー・ミステリ風の仕掛けを期待してしまう自分のような輩にはやや物足りなく感じてしまうものの、そもそも双子文庫の時代小説にこうしたカラーを求めてしまうのが間違いというものでしょう。
しかし、では双子文庫の時代小説ファンのみにおもねった内容ばかりかというと、そうでもないところがやはりクラニーで、たとえば「本郷燕返し」などは、辻斬りのゲス野郎の邪劍の正体がアレ、というある種の禁じ手で、それに対して香坂が敵方に対して毒を以て毒を制する的なリアクションで答えてみせるシーンを、いつものクラニー風味溢れる文体で描き出しているところなど、ファンは思わずニヤニヤしてしまいます。
さらには真面目な時代小説だったらまず出てこないような台詞回しも秀逸で、「本郷燕返し」における「どうした、腰拔け。犬でもかかってくるぞ。うぬは犬以下か。ほりゃほりゃ」「ほりゃほりゃっ。犬め。餌に食いつかぬか、ほりゃほりゃ」ぐらいはまだノンケの時代小説ファンでも許容範囲内かと推察されるものの、最後の「思いの箱」になると、正気を失った腰拔け野郎が「う……うひょひょひょひょ!」「あひゃひゃひゃひゃひゃ!」「うひゃ、うひゃうひゃ……」とか、ここまでいくとちょっとヤバくない? と心配してしまうような悪乗りぶりにもニンマリしてしまいます。
確かに物語は何の破綻もない時代小説に仕上げてあるのですけど、何となーく現代を風刺した雰囲気が感じられるところが個人的にはツボでした。たとえば表題作の「風斬り」では、集団リストラされた野郎がワルに転じた挙げ句、香坂に成敗されてしまうところなど、昨今の世相を映したようにも感じられるし、不可能状況を扱ったミステリ風味の物語と思わせておいて、その実、真相にはこれまた現代の老人問題を風刺したようにも読めてしまう「深川紫頭巾」や、金持ちのボンボンやセレブな若造などがレイプ三昧という「思いの箱」なども、やはりこの若造どもは梶原邸の奧座敷に入り浸ってMDMAならぬ阿片で乱交パーティーとかやってたのかナー、と深読みさせてしまうところなど、作者の思惑とはかなり外れたところで愉しんでしまいました。
「影斬り」の地味さに比較すれば、そうしたクラニーならではのやりすぎな台詞回しなど、クラニーの小説イコール、キワモノという認識でいる従来のファンであってもそのディテールで結構遊べる一冊、といえるのではないでしょうか。