バカすぎッ! 巻末の著訳者リストではシッカリとバカミスマークがついている本作、確かに真相が判れば完全脱力、苦笑至極、というネタぶりと、またまた例によって言葉遊びへの偏執が斜め上から行われるというヘンテコぶりなど、作中で自虐的に語られている通り、まさに倉阪ミステリでしかありえない奇天烈さをイッパイに堪能できる怪作です。
物語は、白鳥館と黒鳥館なる場所で行われる殺人事件を描いたお話、――とザックリ纏めてしまえばその通りなのですが、ハウダニットに力点が置かれながらも、本作の趣向は、この犯行現場がどのようになっているのかというあたりを、作者が物語の前面に出しゃばってまでネチっこく語ってみせる伏線を頼りに推理していくというもので、ボンヤリ読んでいても何となーく犯行現場の様子は理解出來るものの、いや、まさかさすがにそれはないだろ、とか思っていると、あまりにあからさまな台詞がポンポン出てくるし、本当にアレだったという真相は「やっぱりこれだったジャン」と本来であれば作者に勝利した美酒に酔いしれるべきところを、その真相のあまりのヘンテコぶりと犯行を行うための犯人のアレっぷりに苦笑爆笑とともに頭の中がグルグル回ってしまうという激しさです。
カタカナで示される奇妙な死に際の伝言もどきや、ネチっこく描かれた館とその内装の様子など、本作がいつも以上に激しいところはその真相のバカっぷりのみならず、いつになく作者が前面に出てきては犯行現場の様子を饒舌に語ってみせるところでありまして、「これはそうじゃない」「これはそんなものではない」と、思わせぶりな描写に関しては読者が勘違いをしないよう、詳しく説明をしてくれるのですけど、勿論、これも作者の奸計でありまして、そうした饒舌ぶりの背後に隠された斜め上をゆく暗号への偏執が大爆発を起こすのは物語の半分を過ぎてから。
――と、ここから暗号のヘンテコぶりについても語る必要があるかと思うのですが、もうひとつ、本作のヘンテコなところは、これが「フツーのバカミス」であれば、この「館」の構造がもっとも本丸の仕掛けとなるべきところを、これについては物語が半分を過ぎたところでアッサリとネタを割ってしまうというサービスぶりにも現れています。
この珍妙な真相に呆れながら口許を歪めて苦笑していると、今度は例によって例によるヘンテコな言葉遊びが始まるというブッ飛んだ結構はクラニーのミステリならではの十八番。「ヨギ ガンジー」になり損ねたというか、……いや、そもそもそういうネタではないんでしょうが、ここまでの徹底した拘りぶりと、その斜め上を行く偏執ぶりが白鳥館黒鳥館という舞台の構図と見事に重なっているという狂気、さらにはその狂気を貫徹するために181pの後半から傍点つきで示される逆説的な転倒の素晴らしさ。
言葉遊びだけだっらた「留美のために」とかいう怪作もありましたけど、物語の構造、小説としての構造、さらには一冊の本としての構造に到るまで、「伏線」といったって、そこまでメタメタのメタレベルでの構図の連關にこだわってみせた作品は、今までなかったのではないでしょうか。
その意味では、本作もまたクラニー・ミステリの新たな極北を示した逸品といえるわけで、「バカミス」という一言で纏めてしまうにはあまりに異様に過ぎるし、意図してバカをやっているという点や、そのバカぶりが犯行方法のバカっぷりは勿論のこと、それよりは寧ろ言葉遊びに象徴される、本筋とは関係のないところに力を入れすぎているバカぶりが、物語の結構を完全に浸食しているという転倒が素晴らしい。
真相開示の際に立ち現れるバカな情景は「四神金赤館銀青館不可能殺人」に譲るものの、実をいえばこれは完全に好みの問題でありまして、「四神金赤館銀青館不可能殺人」とは驚きのベクトルを逆にしたこちらの方がホントのバカミス、という意見も当然ながらあるでしょう。実際、個人的にはこちらの方が断然好みだったりします。
幻想ミステリに一歩足を踏み入れたような終わり方をする幕引きなど、異形の上に異形を重ねたやりすぎぶりゆえに、フツーの評価軸では絶対に評価不能という奇天烈ぶりながら、クラニーの作品、――バカミス・マークがついていないものも含めて、クラニーならではの異形の本格ミステリを追いかけてきたファンとしては、本作もまた大いに愉しめることと思います。クラニーのファンのみにオススメ、ということで。