本格界隈ではアンマリ話題になったという印象がない前作「人形の部屋」に続く門井氏の新作。「人形の部屋」は大好きな作品で、本作もかなり期待して讀み始めたのですが、これまた何とも心に残る逸品でありました。
「人形の部屋」は、刊行当時、どうにもペダントリーの過剰さばかりがいたずらにクローズアップされ、コ難しい衒學という新基軸を添えた「日常の謎」、――みたいな印象を残してしまった作品でありましたが、門井ミステリの魅力はペダントリー「そのもの」よりも、衒學を端緒として繙かれる推理とそこから立ち現れる構図の美しさにアリ、と個人的には感じているゆえ、もしかしたら自分はフツーの本格讀みの人とはちょっと違った讀み方をしているのカモしれません。
本作は副題にもある通り、雄弁学園なるちょっと妙な学園を舞台にした連作短編で、収録作は、ひねくれ高校生から出された珍妙な問いかけにたいして不真面目先生が見事な詭弁によって鮮やかな構図を描き出す傑作「パラドックス実践―高等部」、弁論大会の結果に納得がイカンと怒鳴りこんできたママさんのクレームをきっかけに優勝生徒の弁舌の裏に隠された絶妙な試みを明らかにする秀作「弁論大会―初等部」。
ペダントリーも添えて奇妙な論理を成立させる静かな豪腕からあたたかな家族の様態を描き出す「叔父さんが先生―中等部」、道の駅という言葉の持つ転倒に「気付き」を添えて、トラウマを抱える元教師の再生を描いた「職業には向かない女―雄弁大学」の全四編。
本格ミステリにおけるロジックだ推理だと一言でいっても様々なわけで、本作はパラドックだ雄弁だとロジックの魅力を前面に押し出した風格ながら、まほろミステリのように推理の過程「そのもの」の動きを見せ場にするというよりは、論理と推理によって明らかにされる構図から驚きを喚起するという作風です。
そうした鮮やかな構図を描き出すための仕込みが時には「中等部」や「弁論大学」に見られるペダントリーであったりするわけですが、そんななか、ロジックの流れもまた素晴らしいものに仕上がっているのが、表題作「「パラドックス実践―高等部」。譯アリで辞めてしまった前任者にかわって赴任した不真面目教師が初日早々、生徒から「テレポーテーションが現実に可能であることを証明して下さい」「海を山に、山を海に変えられることを証明して下さい」「サンタクロースが本当にいることを証明して下さい」とむちゃくちゃな要求を受けることに。果たして不真面目教師はこの難題に答えを見いだすことができるのか、――という話。
話はもっぱら一番最初のテレポーテーションの問題にどういう答えを見つけるのか、というかんじで進んでいきます。しかし、はたして生徒との決戦の日、奇襲も交えて教師が明らかにした詭弁は、テレポーテーションに注力したものとはやや趣を異にする仕上がりで、一つの綺麗な構図が現出する結末は見事としかいいようがありません。もちろんこの三つの問いを一つの構図へとまとめあげてみせる先生の論理も面白く、むちゃくちゃな問いかけから生じた謎々が意外にも見慣れたものへと姿を変えてしまうというギャップもまた秀逸です。
「弁論大会―初等部」は、弁論大会の結果に納得がいかないという生徒のママさんが怒鳴り込んできたところから、優勝した生徒の弁論の内容に見て取れるある矛盾と違和を端緒に、そこに隠された意図を明らかにしていくという物語。推理によって開陳される生徒の意図にも傍点つきで添えられた転倒があり、このあたりが本格ミステリのフックとして秀逸ならば、そこへ学園で以前に起こったとある事件をさりげない伏線として描いているところにも、ひねくれロジックばかりの謎々とは一線を画そうとする門井氏ならではの意気込みが感じられます。
本格ミステリに対するそうした創作姿勢は、「職業には向かない女―雄弁大学」におけるある登場人物の台詞にもさりげなく感じられるのですけども、それを軽く引用すると、
謎というのは、解いた解かないの話にとどまるかぎり、永遠になぞなぞに過ぎぬであろう。
「職業には向かない女―雄弁大学」では、自分に與えられた「なぞなぞ」に対する解を見いだしたかに見えた「探偵」であるトラウマ女が、その「推理」にたいしてダメ出しされてしまうところが興味深い。彼女は単に謎のかたちを「仕分けた」に過ぎず、謎の提示という行為の背後に見られる隠された意図、――すなわち「動機」を解き明かさない限り、それは「なぞなぞ」に過ぎないと指摘されます。
謎に対して論理を操り、推理を開陳して「解いた」だけではそれは物語にはならないのだというこの指摘には頷けるところも多く、「日常の謎」の初期、――北村ミステリや加納ミステリに見られた趣向を顧みれば、それらはいずれもささやかな謎を解き明かすことによってその謎を構成していたある人物の内心を明らかにするという結構であった筈で、最近の「日常の謎」のなかには陰惨な殺人事件のない単なる幽霊話へと墮してしまったものなども散見されるのに比較すると、門井ミステリの風格は「日常の謎」の原点を感じさせる逸品揃い。
それともうひとつ、自分みたいなロートルには何とも心地よいしっかりとした文体に、今回は品のあるユーモアも軽く添えてあるところも好印象。「人形の部屋」に比べると、ペダントリーに関しては薄味ながら、個人的には門井ミステリの真髄と感じている鮮やかな構図の現出によって人間ドラマを描き出すという技法は期待通りの素晴らしさゆえ、前作のそうした部分に惹かれた方には大いにオススメしたいと思います。