角川ホラー文庫からのひらがな三文字シリーズ第三弾。「すきま」に登場した聖域修復師・八神宇鏡がチラっと登場はするものの、基本はヤバい土地に越してきた家族の娘っ子をヒロインに据えての定番ホラーとして物語は進んでいきます。
本作は何しろクラニーの手になるひらがな三文字シリーズでありますから、またまた例によって何かが覚醒しそうでヤバい、という雰囲気をイッパイに振りまきながら徐々に事件が起こっていき、最後のホラー祝祭的展開でハジけまくるという定番的な結構です。従ってこうした定番の流れはマンネリでツマんなーい、なんていっている方にはちょっとアレかな、と推察されるものの、「分かっている」ファンにしてみればこれがまたタマらない譯で、個人的には、そんな定番の流れのなかでヒロインがこんなことになってしまうという後半のやり過ぎぶりはマッタク予想出来なかったゆえ、なかなか愉しめました。
「ひだり」というタイトルからも明らかな通り、左側が何かヤバというのは容易に推察出来るものの、ここにもクラニー流の言葉遊びが隠されているところがミソで、昔の呪いというか祟りの原因がこの「ひだり」転じてアレであるという辺りが明らかにされていくあたりは諸星流というか星野流というか、そうしたネタも押さえつつ、ヒロインがトンデモない受難へと巻き込まれていく後半へと突き進んでいきます。
最初の方で八神がチラッと出てきたから、当然彼が活躍して恐ろしい怪異の爆発は沈められるんだろう、なんて思っていたらヒロインがあんなことになってしまうという意想外の展開に。これがあまりにヒドくて痛そうなので、物語の外にいる読者も思わず顔を顰めてしまうのですけども、このヒドい儀式がまた荘厳なものではなく、何だか小学校の卒業式か、町内会のような妙に格式張ったところが、ヒロインがアレされた後の「近代的自我」云々のくだりへと流れるところと繋がってるところもミソ。笑っていいのか、それともヒロインの痛さに悲哀を感じるべきなのかという、笑いと痛さの混交もまたクラニー世界をイッパイに堪能出来て素晴らしい。
それともうひとつ、八神だけではなく、ほんのチラッとだけなんですけど、「うしろ」に出てきたあの人が登場するというサービスもあったりして、「すきま」「うしろ」と讀み進めてきたファンはニンマリとしてしまいます。
ただ、いかんせん、本格ミステリの傑作「遠い旋律、草原の光」の後に読んだゆえ、この二作のギャップのあまりの激しさに戸惑うことしきりで、確かに同時に二冊刊行されたとはいえ、「遠い旋律」から本作という二冊続けての讀みは、「遠い旋律」の美しい余韻を削ぐことにもなりかねず、個人的にはオススメ出来ません。確かに本作の方が、黒猫のぬいぐるみを肩に乗っけたまま一心不乱にキーボードを叩いているクラニーの図を想像できるゆえ、「らしい」一冊ともいえるのですけども、新たなる代表作ともいえる傑作「遠い旋律」の素晴らしさを堪能するためにも、本作はひとまず積ん読しておくのが吉、でしょう。