思いのほか愉しんでしまいました。
もうずっと昔に讀んでいたのですけど、内容の方はすっかり忘れていましたよ。それでも「ブラジル蝶の謎」の最後の一節、「人を殺したいと思ったことがあるから」とかは鮮明に覚えていたりして。
國名シリーズの第三彈となる本作は、前回取り上げた「マレー鉄道の謎」とは違って、いつも通りの短編集です。
タイトルにもなっている「ブラジル蝶の謎」は天井一面に留められていた蝶の標本の謎が主題なのですが、これはなかなかいい。それでもこの理由づけは斬新なものではなく、結構ほかのミステリ作品でも見られるものですよね(例えば自分がすぐに思いついたのは、島田莊司のアノ作品。衝撃度はあちらの方が上でしょう?)
「妄想日記」は何となく法月綸太郎が書きそうな話だな、と感じました。米粒やゴムなどを蒐集していた理由を推理していってほしかっだけど、このあたりが驅け足だったのがちょっと殘念。それでも最後のおとし方がいい。「彼女か彼か」も同樣で、最後の楽屋落ちでオカマの蘭ちゃんが火村とは違ったところに目をつけて、事件の真相をあきらかにしてみせるところが光っている。
「鍵」も事件の眞相よりも、その鍵が何に使われていたのかを推理していき、そのオチが笑えます。確かに作者があとがきで述べているとおり、これは「おとし噺」ですね。
「人喰いの滝」はバカミスすれすれのトリックで足跡のない殺人を描いてみせた佳作。今回収録されている事件の中では一番大がかりなトリックともいえるけど、それゆえにこのトリックを仕掛けようとしている犯人の姿を思い浮かべるにつれ、バカバカしさに苦笑してしまいましたよ。
個人的に一番好きなのが、最後の「蝶々がはばたく」。本作は最初が「ブラジル蝶」、そして最後に「蝶々が」でしめくくるという纏め方でこのあたりがちょっと洒落ています。
「マレー鉄道の謎」ではどうにも冗長に感じられた「探偵が調べて廻る」部分が、このような短篇の場合、うまく纏めてあるので、いらいらすることもなく讀み進めることが出來ました。やはり有栖川有栖の作風は、このように贅肉をそぎ落とした美學にある譯で、短篇の方が相性が良いのでは、と思った次第。