本棚から亜愛一郎シリーズの文庫とかを引っ張り出していたら見つかったので、とりあえずこちらも再讀してみました。タイトルは「鬼」「の」「跫」で音無で発音は同じなれど、こちら寿行センセの手になるハード・ロマン。
とはいえ、寧ろブッ飛んだキャラたちの織りなすテンヤワンヤぶりが、ハード・ロマンというよりは、国枝伝奇浪漫を彷彿とさせるところが本作の見所でもありまして、ハード・ロマンという言葉から当然想起される非情と激情を期待すると、その風格の違いに吃驚してしまうかもしれません。
妻と間男がエッチしているホテルに旦那の刑事が押し入ってまず妻を射殺、次には間男の膝を打ち抜くという冒頭にはまだ非情さが感じられるものの、そのあと主人公である刑事が罪を認めて刑務所に入ってからがもう大変。残された娘が自殺したとの知らせに、獄のなかで知り合った女好きの親分とともに脱獄ならぬ破獄を試み大成功、間男を殺してやると地の果てまでも追いかけていく、――というところから、すなわち主人公が鬼で、間男がその鬼の跫音に脅えるという展開なのですけど、女好きの親分やダイナマイトの達人、さらには弥次喜多コンビのチンピラなど、非情よりは軽妙に傾いたキャラたちが物語を次々と引っかき回していくゆえ、「地獄」みたいなあからさまなユーモアこそないものの、その軸足はハードというよりはあくまでソフトの方へと置かれています。
また宿敵たる件の間男のキャラも、最初は人妻を横取りしたゲス野郎との認識であったのが、逃亡先で必ず人妻に好かれてしまうという優男のジゴロキャラたる本質を露わにしていき、中盤にいたったころにはどうにも憎めないキャラへと変貌していくところもやや意外で、前半は主人公を応援していたものの、しまいには、どうにかこの二人がうまい具合に仲直りしないかと、そちらの方にヤキモキしてしまうのでありました。
実際こうした思いは物語の外にいる讀者のみならず、登場人物たちも同様で、行く先々でド派手な事件を引き起こす間男と鬼刑事たちは新聞でも連日報じられるほどの有名人。逃げた先では必ず面が割れてしまうゆえ、そのたびに色々とあったりするわけですけども、このなかでは牛飼いの村の長老がなかなかのもので、彼もまたどうにかこの二人を仲直りさせようと試みるもののやはりダメ。
やがて間男も鬼に対抗するため、手裏剣の達人のもとへと弟子入りをして修行へと励むものの、結局そこにいた十五歳の娘といいカンジになってしまって修行はアッサリと放棄。そうした優男のダメふりも笑わせてくれるものの、鬼を追いかける鬼として、主人公の元上司が登場し、三つ巴の様相を呈してきたあたりから、彼らの喧嘩を超える新たな敵が御登場、――というある種の予定調和的な展開へと流れるものの、最後は痛快なハッピー・エンドで終わるところも素晴らしい。
ダイナマイトを使ったド派手な破獄シーンなど、やっていることはハリウッド映画も顔負けのアクションで見せてくれる一方、ハード・ロマンといえばエロの方もハードでなきゃ、という讀者の期待通りに、要所要所へ「男根様」の台詞を鏤めて、人妻から十五歳の娘までもが快楽の虜になるという寿行小説の結構も盤石です。しかし「男根様」「お尻様」はまア、いいとして、最初の刑事の人妻が、医者である間男にヤられるシーンで「先生様」とほざくところだけはちょっとアレ(苦笑)。
寿行センセのシリーズで同じ「鬼」なら「峠に棲む鬼」とか「鬼狂い」とかの方が好みなんですけど、このアッケラカンとした風格もまた捨てがたい魅力があることは確かで、それは例えば「ねーねー、コガシン先生の作品だったら『妖虫』と『血みどろの蟲屋敷』とどっちが好き?」などという問いにどちらか悩んでしまうのと同じようなものカモしれません。
という譯で、ハード・ロマンという言葉に非情を期待しなければ、その国枝伝奇浪漫的なテンコモリとハチャメチャぶりを愉しめると思います。