タイトルを聞いたときには、「えっ、あの道尾氏がハード・ロマン?!」なんて吃驚してしまったんですけど、確かに「陵辱」なんて言葉がさらりと出てはくるものの、そうしたあからさまな描写は一切ナシ。ミステリというよりはホラーや怪談、幻想小説に近い風格ながら、道尾氏ならではの本格ミステリ的な技法が駆使された逸品もあったりして、個人的にはかなり愉しめました。
収録作は、ゲス野郎を殺して憧れの女性と結ばれた男の狂気と暗黒を描いた「鈴虫」、家族の中でも疎まれているダメ男がふとしたきっかけでおぞましき猟奇殺人事件の真相を知るに至る「ケモノ」、悪友にけしかけられて女をレイプしようとした男が暗い過去と対峙する「よいぎつね」。
ちょっとキ印が入った男から奇妙な訪問を受けた作家氏の隠された過去が黒い犯罪を引き寄せる「箱詰めの文字」、ストーカー男と結ばれた女の哀しき独白が悲哀と狂気を描き出す「冬の鬼」、キ印女と知り合ったいじめられっ子があるブツを使って難問を解決しようと挑むのだが――「悪意の顔」の全六編。
前半には道尾ミステリ的な本格ミステリの技法を駆使した作品が並び、後に行くにつれ、変格あるいは幻想小説的な風格が際立ってきます。ただ、一見怪異に見えたものの裏には人間の狂気や暗黒面が隠されていた、という結びは幻想小説的な括りで纏めてしまうとやや落ち着かない讀後感を持たれてしまうやもしれず、このあたりはどのような「讀み」をするかによって評価が分かれる一冊のような気がします。
「鈴虫」は、憧れの女をいただいちゃった悪友をマンマと殺して、彼女と結ばれるものの、とあるきっかけで過去の完全犯罪が明らかにされる、――という物語。大きな軸はそうしたあらすじに纏めることが出來るとはいえ、ここではタイトルにもなっている「鈴虫」を使った、道尾ミステリならではの誤導を駆使した仕掛けも堪能したいところです。
子供のある質問にちょっとキ印が入った様子で鈴虫のしている「あること」について語って聞かせる主人公の説明には、讀者の意識を先読みした誤導が凝らされてい、それが「完全犯罪」の崩壊へと流れていく驚きの仕掛けの巧みさ。確かに「完全犯罪」そのものに誤導を凝らしていないあたりはミステリじゃないジャン、なんて考えている方がいるカモ、と推察されるものの、道尾ミステリ最大の個性でもある、讀者の意識を先読みしながらの誤導はこの短編でも効果的に使用されています。
同様な「讀み」が愉しめるのが、續く「ケモノ」で、こちらは暗號か、はたまたダイイングメッセージっぽい謎を添えながら、家族の中でもその脱落者ぶりにすっかり疎まれているダメ男を語り手に、過去のおぞましき猟奇犯罪の真相が明かされていく、――という趣向です。物語は語り手の意識に寄り添うかたちで、もっぱら前半部に提示されたメッセージの意味が件の猟奇殺人事件の真相とどのように絡んでいくのか、という「引き」で進んでいきます。ここでも件のメッセージに絡めて、「ラットマン」を彷彿とさせるある誤導が凝らされているのですけど、本編で注目したいのは、やはり事件の真相が明らかになったあと、物語が語り手の日常へと引き戻された終幕で開陳される「あること」でしょう。
52pの「階段を降りたところで……」から「玄関のドアを出た。」までの文章の中でさらりと描写されるシーンは、一人称で語り手の意識を通して描かれているからこそ最後の最後に見事な誤導として結実する譯で、道尾氏のファンであれば、このあたりの、本格ミステリ的な技法を駆使しながら驚きのオチへと繋げていく結構の素晴らしさも味わいたいところです。
この二編に見られる誤導を活かした作品の作り込みに、やはり本格ミステリを離れたといえどもその個性は隠せないな、と個人的には思わずニヤニヤしてしまったのですけど、このあたりを本格ミステリのみならず、ホラー、幻想小説、怪談と幅広いジャンルで作品を書いている綾辻氏と比較してみるのも一興かもしれません。
例えば本作に収録されている「鈴虫」と「ケモノ」という短編と「シャドウ」「ラットマン」といった長編。一方の綾辻氏は傑作短編「再生」(「眼球綺譚」収録)と「十角館の殺人」といったフウに、二人の本格ミステリ的ではない短編と本格ミステリとしての長編を比べてみると、道尾氏の「誤導」を凝らした技法と、綾辻氏の「反轉」を凝らしたどんでん返しの技法、という具合に、本格ミステリ的な技巧を本格ミステリから離れたジャンルにおいて、二人はどのように活用しているのか、――その個性が見えてくるような気がするのですが如何でしょう。
だた単に本作が本格ミステリじゃないからこれは道尾氏の新境地、とか、まア、勿論あまり深く考えずに讀んでも本作は十二分に面白いのですけど、やはり一人の作家がつくりだした新作ゆえ、その「新境地」としての風格を堪能するとともに、過去作の延長線上にある作品としてもその個性を愉しみたいところです。
「よいぎつね」は、悪友にけしかけられて女を陵辱したという過去を持つ語り手が、とあるきっかけでそのおぞましい記憶と対峙する、という物語。面白いのは、中盤から展開されるある怪異に現実的な解を求めると、過去の事件が怪異へと反轉してしまうという奇妙な歪みで、この割り切れない感覚を幕引きに結びつけた結構が見事です。
「箱詰めの文字」は倒叙形式を「悪用」した結構がキモで、とあるキ印の訪問によって語り手である作家氏の隠された過去が明らかにされるものの、コトは作家氏の推理通りでははなかったという後半の軽妙な反轉が面白い。
「冬の鬼」は収録作の中では、「ケモノ」、そして續く「悪意の顔」と並ぶお気に入りで、ある種「流れ星」を彷彿とさせる技法を添えながら、女の語りによって不幸な過去と幸福な現在を對處させながら物語を進めていきます。中盤、彼女が愛した男性が大石センセの「アンダー・ユア・ベッド」を想起させるストーカー君であることが判明するのですが、この作品は、このストーカー氏の視点からではなく、愛される側である女の語りによって描き出しているところが素晴らしい。これが最後、隠されていたある事実をこの語り手の口から描き出すことによって、彼女を通して語られていた男の壮絶な愛の本質が明らかにされるところが凄い。
「悪意の顔」は、これまたいじめられっ子が語り手で、ヒョンなことから知り合った女からあるブツを見せてもらい、……という物語。このブツの効果に唖然とするボーイの心情が中盤から一轉、その「真相」を知りつつ、ある試みを行うボーイの非情が恐ろしい。しかしこれで終わりとせずに、再び怪異めいたオチを添えながら、またまたそれがイヤ感を醸し出す結末へと転じる構成など、変格ものとしても愉しめる一編でしょう。
という譯で、作品に凝らされた誤導の技法や驚きの装置としてのこだわりを見せるその結構など、個人的には、道尾氏の本格ミステリの延長線上にある一冊として愉しみました。
ところで、本作は同じ角川からリリースされた「ジョーカー・ゲーム」同様、書店員様の素晴らしい惹句を並べたジャケ帯も見所もひとつでありまして、ジャケ帯表に「一編ごとに繰り返される驚愕、そして震撼」とある通りに、書店員様も、
『ラットマン』が出て仰天し、『カラスの親指』でも震撼し、そしてこの度の新作も期待以上の衝撃を受けました。
人をつき動かす、心の中の暗い部分。そのエネルギーにみなさんも震撼してください。
というふうに、どうやら本作のキーワードは「震撼」の様子。そのほかにも「心の中に響く恐怖!」「不思議な世界観に脳内がくるくる回され」など、印象的な惹句が並ぶものの、「告白」や「ジョーカ・ゲーム」に比べると、その表現はおとなしめ。
しかし思うに、スペースの限られたジャケ帯に小さい文字でズラリずらりと書店員様の惹句を並べるのであれば、いっそのこと、スタイリッシュなタイポグラフィを凝らして、表紙の裏表すべてに書店員様の惹句を並べたデザインにしてみるというのは如何でしょう、――なんてことを考えてしまうのでありました。
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