今年も今日で最後、しかし振り返るに今年は公私ともに何だかムチャクチャ忙しくて、特に十二月の慌ただしさは尋常ではありませんでした。殆どブログの更新が出來なかったのか心殘りとはいえ、毎年の恒例として今年讀んだ本の中から印象に残ったものを挙げてみたいと思います。
まずは柄刀氏の「ペガサスと一角獣薬局」で、その仕掛けによってドラマを描き出す本格ミステリとしての完璧な結構、さらには敍情性を際だたせた謎の魅力と、將に自分が理想とする本格ミステリを体現したともいえる傑作で、短編集といえど大長編を讀み終えた時以上の滿足感を得ることが出來ました。
續いてこれも短編集なのですけど、初野氏の「退出ゲーム」。これもまた謎の独創性という点では「ペガサス」に讓るものの、現代本格の技法をふんだんに盛り込んだ一編一編の濃度は相当なもの。初めて手にした初野氏の一冊である「1/2の騎士」も素晴らしい仕上がりでありましたが、オススメするとすればやはりこちらでしょう。来年以降も初野氏の作品は追いかけていこうと思います。
續いては道尾氏の「ラットマン」。読者の思考を先讀みした誤導の技法は「シャドウ」以降さらに洗練を極め、この作品でひとつの完成形を得ることになったのでは、と思わせる逸品でありました。「カラスの親指」の大技ぶりも素晴らしいのですけど、連城マニアの自分としては重層的な仕掛けを凝らしまくった本作の方が好みでしょうか。
そして連城氏の「造花の蜜」も、先鋭的な誤導の技法とともに、ボンクラの想像を遙かに超えた真相を疊みかけるように繰り出していく結構が素晴らしい一冊でありました。スピーディーな展開の中に小刻みなどんでん返しを鏤めた前半の中期以降の風格と、今までの構図を全て反轉させた真相を敍情も交えた筆致で見事に描き出した後半の風格とのコントラストも秀逸で、今年の大いなる収穫として是非とも取り上げるべき一冊だと思います。
多島氏の「黒百合」も印象に残った一冊でありまして、件の仕掛けと青春物語がうまく融合していないとか色々な感想があるようですけども、個人的にはこの推理による真相開示を敢えて取り除いた「イニ・ラブ」系の結構がキモで、青春物語のパートにおいて最後も最後、ある人物の前に真相を知り得る「あること」が閃光のごとく、ほんの一瞬だけ明らかにされるという幕引きがいい。この「瞬間」はあの少年の未来にどのような「呪い」をもたらすことになるのか、とか、――その青春物語がそれだけで一編の物語として完結しているからこそ、件の事件のパートと青春物語が「交差」するこの「瞬間」が凄まじい衝撃となって読者の胸を突く譯で、自分としては推理を読者に委ねるというこの結構によって、本作の青春物語と事件のパートはひとつの物語として見事に連關されていると感じたのですが如何でしょうか。
それでも二つの部分の融合に今ひとつ物足りなさを感じてしまう方は、この作品において「探偵」が事件の真相を推理して件のボーイがそれを知ることになるような場面がこの物語の最後に付与されているものとして仮定してみると良いカモしれません。その推理のシーンは果たして件の物語にシッカリと馴染んでいるか、それとも単なるノイズとして寧ろ青春物語のパートのノスタルジックな雰囲気を削いでいるのではないか、……等等、樣々な仮定のかたちをイメージしつつ、もう一度幕引きのシーンに立ち戻ってみるとさらに深い讀みが出來るかもしれません。
作品というより作家としてその躍進、そして華麗なる変貌が印象的だったのがトンデモなバカミス「ウルチモ・トルッコ」でデビューした深水氏で、現代本格の技巧をふんだんに盛り込んだ「エコール・ド・パリ殺人事件 レザルティスト・モウディ」、「トスカの接吻 オペラ・ミステリオーザ」の二冊によってまさに現代本格の業師ぶりを発揮。その結構の明快さという点からは「エコール」の方が一般受けはしやすいかな、という気がするのですけど、先鋭性と高度な技巧を活かした批評性という点では、實は「トスカ」の方が上カモ、というのが再読をしての感想でありまして、現代本格の鑛脈という点から見れば、「トスカ」の方が案外、何十年後の未来においては評価されているような気もします。
詠坂氏の「遠海事件」も個人的には非常に思い入れの強い一冊で、今年の長編の中では「完全恋愛」「造花の蜜」「ラットマン」と並ぶ、自分の好みの傑作でありました。
その他は、イヤキャラもシッカリ添えつつ、現代のベストセラー小説では必須とも言える「癒し」の要素をシッカリと取り入れた盤石の風格が素敵だった岸田女史の「めぐり会い」、そして笠井氏の長編よりも論理に竝々ならぬこだわりを魅せつつ整然とした筋運びで魅せてくれたまほろタンの「探偵小説のためのヴァリエイション 「土剋水」」、そして「首無」同樣の現代本格的な技法を投入してホラーとミステリの融合を見せてくれた三津田氏の「山魔の如き嗤うもの」などがオススメということになるかと思います。
――って、何だか長くなってしまいそうなので、二つに分けます。とりあえずここまでは「正調編」、そして次のエントリでは「異形編」ということで、今年リリースされた怪作を取り上げてみたいと思います。という譯で、以下次號。