やはり買ってしまいました。同人誌版の方も持っているし、どうしたものかと迷ったのですけど、結論からいうと大正解。何しろ本多氏曰く「三十年ぶりの『幻影城』第五十四号をブック・イン・ブックの形で収録」したという一冊ゆえ、その厚さも相当のもの。
また幻影城評論研究叢書のデザインを踏襲した黒地に緑字の装幀やレトロ風味をイッパイに効かせたブック・イン・ブックの内容も素晴らしく、個人的には花葬シリーズとなる最新作となる連城氏の「夜の自画像」が収録されているだけでも十二分なのですけども、他にも特別書き下ろしとして泡坂氏の「敷島の道」「丸に三つの扇」、栗本氏の「誰でもない男」、田中文雄氏の「走屍の山」、田中芳樹氏の「男爵夫妻の話」、友成氏の「夢を見た怪物」に加えて、ゴージャスにも竹本氏の「匳の中の失楽」の他、「失楽」の特集として本多正一氏の「いかにして「匣の中の失楽」はつくられたのか」と、竹本氏の「静かなる祝祭」、「人形館殺人事件」、「匣の中の失楽ノート」を収録。
書き下ろしの方はその插画にも注目で、一応並べておくと、こんなかんじ。
「夜の自画像」連城三起彦 画・宇野亜喜良
「男爵夫妻の話」田中芳樹 画・後藤啓介
「誰でもない男」栗本薫 画・建石修志
「敷島の道」「丸に三つ扇」泡坂妻夫 画・楢喜八
「走屍の山」田中文雄 画・池田拓
「夢を見た怪物」友成純一 画・渡辺東
「匳の中の失楽」竹本健治 画・山野辺進
書き下ろしの方は、まだ連城氏の「夜の自画像」と栗本氏の「誰でもない男」を讀んだだけなのですけど、「夜の自画像」は、謎女が骨董屋を営む私の元を訪ねてきて、何やら曰くありげなものを買ってもらいたいという、さらに女は数年前に殺された私の父のことについて何やら知っている樣子で、――という話。
この父の死の真相が、連城ミステリらしい誤導の技巧を活かして最後に鮮やかな反轉を見せるという一編で、實をいえば今回ばかりはこの事件「そのもの」の「真犯人」については案外、ほとんどの讀者がアッサリと見破ってしまうカモしれません。しかし本作の場合、事件「そのもの」よりも、女が訪ねてきた時にさらりと語られる、とある絵にまつわる曰くや、この絵に取り圍むかたちで構築された人間模樣の構図にも目を配るべきで、それが一人稱の語りによってどのようなかたで讀者の前に呈示されていくのか、――そのあたりの技法をも堪能して始めて、連城氏の考え拔かれた奸計の全体像を把握出來るような気がするのですが、如何でしょう。
栗本氏の「誰でもない男」は、見知らぬ男からイキナリ声をかけられた探偵伊集院が後日、とあるきっかけでその人物のことを「思い出す」のだが、――という話。何だかその推理の樣態はホームズ風でもあり、またその「氣付き」が現実の事件へと連關していく手さばきの見事さなど、さらりと讀み流してしまうことも出來る文体とは裏腹に、なかなかに考え拔かれた結構の逸品でありました。
ちなみに竹本氏の特集はまだ未讀ながら、「匣の中の失楽ノート」と聞いてフと思い出すのが双葉文庫の「初公開『匣の中の失楽』創作ノート』」で、アレとこの「幻影城の時代」に収録されているのは同じものなのか、というところは竹本ファンとしては興味のあるところでありましょう。で、結論からいうと、中身は重複していません。
創作ノートの内容は「全体の構想」を述べた一枚に、「タイムテーブルや名前と方角のつじつま合わせ」、「方位に絡んだアイディアの覚え書き」、「四章の部分的な下書き」、「ホランドと根戸のやりとりの下書き」、「九星術と事件をどうあてはめるか模索」したメモ書きに、「血液型等のアイディアの検討」を記した一枚というもので、このほかにも「人形館殺人事件」や「静かなる祝祭」にも多くの手書き図、メモ書きが挿入されているゆえ、資料的価値もかなり高く、竹本マニアにとってはまさに必讀必携の一冊といえるでしょう。
ちなみに「静かなる祝祭」には、登場人物の紹介とともに、以下のような「作者*註」が記されておりまして、
作者*註
原則としてあくまでこの物語はフィクションであって、実在の人物とは関係もありません。
謎ときはすべてこの物語の上に登場するものだけを材料にしてください。
またどういう描写もフィクションとして割り切ってお読み下さい。決して気を悪くされたりすることのように
推理小説の性格からやむを得ないことなので 念のため
シツコイくらいに「フィクションとして」ということが繰り返され、だめ押しとばかりに「決して気を悪くされたりすることのないように」と書かれているところなど、このプチブログに「ウロボロスの純正音律」のエントリをあげた際に、作中の登場人物の方から「不本意だ」との指摘を受けてしまったものとしては、「純正音律」文庫化の際には是非ともこれと同樣の、シツッコイくらいの「フィクションとして」「決して気を悪くされたりすることのないように」という註を冒頭にシッカリと記していただきたいと願う次第です。
書き下ろし、「匣の中の失楽」の特集のほか、もうひとつの本作の目玉が、亞城氏の怪作「蒼月宮殺人事件」の復刻と、本多氏の「幻の幻影城作家を求めて 蒼月宮の門に佇んで」と題した、この作品の作者である亞城氏の消息について記した一編でしょう。
「蒼月宮」の方は、確かに「黒死館」っぽいものの、今讀むと、そのルビのファンタジックな風格に、何だか妙にまほろタンを想起してしまったところにはチと吃驚で(苦笑)、その硬質な文体と幻想的な趨きはまさに怪作と呼ぶにふさわしいといえど、その實、非常に實直なロジックで魅せてくれるところなど忘れられるには惜しい逸品で、今回の復刻はまさに朗報。ただ、現在の亞城氏は何だか再び筆を執る気力はアンマリなさそうで、そのあたりは殘念至極ながら、この本多氏の手になる「蒼月宮の門に佇んで」は、当時の選評の引用に周到な計算を凝らした秀逸な結構からも作品への愛をイッパイに感じられる一編でありました。
あと、巻末に収録された、野地氏の手になる労作「幻影城 目録」の完成度。個人的にはこういう地味な仕事の價値については、以前のインタビューで島崎御大が語っていたところでもあり、この目録もまた後世に残すべき素晴らしい逸品だと思います。
それと上にも述べた通り、池田氏の素晴らしい仕事によって重厚感とレトロ感を鏤めた装幀に仕上がっている本作、一応(?)講談社BOXの一冊ということになっているらしいのですけど、――強いていえば、黒箱から出した本体の方はシッカリと銀色で、このあたりにBOX「らしさ」を残しているとはいえ、やはりそのレトロ感溢れる装幀は、ヤングよりは口うるさいマニアのオジさんをターゲットしたものかと推察されます。とはいえ、中にはさんであった講談社宛の感想ハガキはビミョーなピンク地に「Thank You for Reading!」というイングリッシュを凝らしたポップなものゆえ、BOXの一冊として本作をコレクションしようと思われている方にはこのあたりにもシッカリと目を通されることをオススメしたいと思います。
竹本ファンは必讀必携、さらには何しろ「ブック・イン・ブック」となっている『幻影城』第五十四号の内容が素晴らしく充実しているゆえ、個人的には同人誌版を持っている方も買い、のような気がします。オススメ、でしょう。