恒川氏の短編目当てに購入したのですけど、氏の作品は勿論のこと、それ以外にも小路、吉来両氏の作品は自分にとっては思わぬ掘り出し物でありまして、大いに堪能しました。
収録作は、幽霊娘がアリバイの証人という奇妙な事件に霊視が出來るデカが挑む有栖川有栖「幻の娘」、二段構えの仕掛けと強烈な「最後の一撃」によって讀者の心に人間の慟哭を刻印する傑作、道尾秀介「流れ星のつくり方」、石田衣良「話し石」、メンヘラ女の處女をいただいたばかりに人生の負け組へと転落した男の奈落、鈴木光司「熱帯夜」、二股ボーイが自殺女の幽霊に翻弄される、吉来駿作「嘘をついた」、バクの力によって人生をやり直した女の隠された恋の眞相とは、小路幸也「最後から二番目の恋」、強烈な幻視力によって人間の邪惡と酷薄を美しく描ききった傑作、恒川光太郎「夕闇地蔵」の全七編。
道尾氏の「流れ星のつくり方」は再讀で、実を言うと初讀時はあまりピンとこなかったのですけど、今回はその結構の巧みさに驚いた次第でありまして、ある人物の立ち位置の顛倒によって引き起こされる中盤の驚きに本格ミステリとしての「推理」をすべて注力した結構によって、「最後の一撃」の眞相開示により鮮烈な効果を与えたその技巧には關心至極。
「熱帯夜」は、鈴木氏らしくない、その結構にややぎこちなさを感じさせる物語ながら、メンヘラ女の處女を頂戴したばかりに夢見たエリートコースから外れてしまった男の奈落を今際の際に託して描いた物語で、幽霊を登場させなければそれなりに人間の無常を活写した一編として綺麗に纏めることができるのに、敢えてそうした予定調和的な結末を退けて、イヤーなかんじに突き落としてみせたオチがいい。
續く「嘘をついた」は、のっけから自殺した女友達の死に場所を訪れた主人公たちが怖い目にあって、――というところから妙なオッサンが出てきたり、途中で幽霊タクシーの逸話が語られたりと、何だか突拍子のない話の進め方に「ひばり」テイストを感じてしまいます。しかし自殺女の背景には思わぬ眞相が隠されていたりして、外観はベタなホラーでありながら、ミステリ的な驚きをシッカリとその結構に凝らしてあるという作品です。
また最後にはシッカリと泣けるオチもつけてあったりと、様々な要素を盛り込みすぎたゴージャスぶりに、長編であればもう少しキッチリと纏まったのでは、というかんじもするものの、逆にこの欲張りなところが「ひばり」的な風格を醸し出していることを考えれば、これはこれでアリ、なのかもしれません。
「最後から二番目の恋」は、死に際の女にバクがもう一度かなわなかった恋をかなえてさしあげます、――という物語。この作品も意外な眞相が隠されていて、やり直しの人生がスタートした時にさらりと語られるとある奇妙な人間系図に頭がグルグルしてしまうものの、その意味と、語り手が本当にやりなおしたいと思っていた恋の眞相に驚いてしまうという逸品です。また、エピローグ的に添えられた最後のシーンで、もう一人の人生を重ねて物語に厚みをもたせた幕引きもいい。だた、登場人物たちのややフツーでは考えられない關係に「これって連城ミステリ?」みたいな戸惑いを憶えてしまったことも告白しておきます(爆)。
最後を飾る「夕闇地藏」はもう、文句なしの傑作で、冒頭から語られる強烈な幻視の情景に思わず眩暈がしてしまいました。デビュー作から恒川小説の魅力として存在する郷愁を誘う風格ばかりではなく、人間の暗部と酷薄を添えた非常に強度のある物語で、やや淡々と進められる前半部と、ある人物がトンデモないことをしていたことが明らかにされる後半、讀者が抱いていた語り手に対する印象をも變えてしまう展開へと流れていく結構、そしてこの幕引き、――ずっとこの物語の世界に浸っていたいと思わせる前半部と、後半の行き詰まる展開とのコントラストも素晴らしく、幻想小説ファンであれば必讀という一編です。あと、この冥界へと・壓がるアレや蟒蛇の存在、さらには冥界から生還した人物がアレとか、その死生観などに、自分は「妖星伝」を思い出してしまいました。
本作はタイトルに「七つの死者」とある通りに、幽霊が絡んでいるお話が多いのですけど、アンソロジーとしての作品の配列の素晴らしさにも注目でしょうか。幽霊を本格ミステリ的な「幻想」としてではなく、在るものとして謎の様態を作り込んだ有栖川氏の「幻の娘」を冒頭におくことによって、リアリティにもたれかかったミステリの世界から幻想譚へと讀者を導きつつ、収録作の中では唯一、幻想幽霊譚とは離れた風格でやや趣を異にする「流れ星」をミステリ繋がりということで二番手に持ってくると、その後にホラーっぽい「熱帯夜」や「嘘をついた」で繋げて、「最後から二番目の恋」で讀者をほっとさせつつ、最後は幽霊譚というよりは強烈な印象を残す幻想譚「夕闇地藏」でしめくくるという素晴らしさ。最初から讀み始めると、様々な風格の作品を織り交ぜつつ、非常にスムーズな流れによって一冊の本としてのまとまりを感じさせるところがうまいな、と思った次第です。
上質な物語を思い切り愉しみたいという本讀みではあればまず間違いなくお気に入りの一編が見つかるであろうという一冊で、広くオススメしたいと思います。