強烈な印象を残す、まさに怪作。何だか話の雰囲気が「ユージニア」っぽかったのと、実はバカミスという噂を聞いて手にとってみたのですけど大正解でした。
あらすじそのものは、「一年前に失踪したはずの男は、なぜ、だれによって、ここで殺されたのか?」なんてかんじで、ミステリっぽい雰囲気を釀し出しているものの、「ユージニア」を彷彿とさせる結構へ、二人称と三人称を交錯させた語りを凝らして事件の輪郭を次第に浮かび上がらせていくという仕掛けです。
水路や奇怪な塔という物語の舞台となる町のさまざまなものや、事件の眞相へと辿り着くための伏線と成り得る毬、地図、掲示板といった事物の所以が語られていくうち、それらが次第に連關を見せていくのですけど、それでもコロシの眞相が明らかになるどころか、物語の中心は次第に拡散していくという異樣な展開の後、物語は最後のカタストロフによってこの町にまつわる不可解な謎の眞相へと収斂していきます。
なので、件の失踪男のコロシに注力した讀みを目指していると隘路に入り込んでしまうことは確実で、それゆえにフツーのコロシを扱ったフツーのミステリだとは思わず、寧ろこの独特の結構から釀し出される幻想小説的な雰囲気に酔いながら讀みすすめていくのが吉、でしょう。
前半の二人称を驅使した技巧的な語り、そして一人の男の死から物語が町全体の謎へと拡散していく展開などから、自分は安部公房っぽいなア、なんて印象を持っていたのですけど、中盤以降、二人称の語り手の正体が明らかにされて殺された男の不可解な行動が繙かれていく過程に、これ、ガルシア・マルケスのアレに似ているなア、なんて思っていたらマンマそのタイトルが出てきたところにはチと吃驚、――というか確信犯的にあの物語をトレースしていたのかと思っていると、突然のカタストロフがやってきて、イッキにこの町の水路に隠されていた謎が明らかにされていく展開には完全に口アングリ。
というか、一人の男の死が一氣に町のトンデモな奇想へとハジけていく構成は完全にブッ飛んでいて、もうこれだけでもお腹イッパイなところへさらにダメ押しとばかりに、コロシの眞相が語られていく最後の最後はもうついていくだけで精一杯。
何というか、一人の男の死にはどんなドラマがあったのか、みたいなフツーのミステリかと思っていたら突然物語は急旋回、水晶のピラミッドの眞上までブッ飛ばされて呆氣にとられていると、それが実は匣の中だったことが明らかにされるや最後は千の風になってジ・エンド、――みたいなかんじと言えば分かってもらえるでしょうか(意味不明。でも讀めば分かります)。
驚きどころとしては、土砂降りのカタストロフから現出するバカミス的な奇想を凝らした超絶な眞相と、最後に明らかにされるコロシの楽屋落ちだと思うのですけど、コロシに關しては何だかションボリな仕上がりながら、そのすぐ前のバカミス的な奇想で讀者は完全に魂を抜かれてしまっているゆえ、そのコロシが匣の中から千の風になっても、やっぱり恩田ミステリはこうでなくちゃ、なんてかんじで納得させられてしまうという、あらゆる意味で恩田ワールド的な強引プレーの際だった仕上がりは完全に讀者を選ぶカモしれません。しかしこのスケールのデカ過ぎるバカミス的な奇想だけでも本作は讀む價値アリ、だと思います。
幻想と詩情、そして不穩にして浮遊感の際だった物語世界にバカミス的奇想がハジける幻想ミステリとして個人的には非常に堪能しました。「ユージニア」のあの独特の雰囲気が好きな人であれば最高に愉しめると思います。