あの「殺人ピエロ」の美意子タンの新作がついにリリース。で、あの作品をメタメタにケナした自分としては本作をスルーするべきか、それともケナした以上は次の作品も讀むべきか、と悩んだ末、……結局買ってしまいましたよ。
病的なクズミスマニアの方で当プチブログをチェックされている方もいるかと思うので(爆)、まず結論から言ってしまうと、本作、非常に、非常にマトモです。いや、マトモという以上にかなりうまく作り込まれていて、パンダの着ぐるみが大阪のデパートを占據、という脱力のネタからは信じられないようなトリックが最後の最後に開陳されるという仕掛けには吃驚でありまして、前半は確かに色々と頭がグルグルしてしまうようなところがテンコモリであったものの、後半はなかなか、というかかなり愉しめてしまいました。
物語は、上にも軽く書いた通り、着ぐるみ集團が大阪のデパートを乗っ取り、エレベータを次々と爆破していきます。で、こいつらの要求というのがこれまた脱力でありまして、犯人の一人の台詞を軽く引用すると、
「あったり前だろうが、このバカ女! おれたちの自由は、教育から国家権力の手を引かせ、大学まで義務教育化することだ。当然、東大なんて名前は、真っ先に消滅させる。すべての子供が日本全国どこでも同等の大学教育を受ける、これこそ日本の明るい未来だ。管理教育も受驗もない平和な日本をおれたちが作る。いじめも不登校も引きこもりもない、自由な学校を! 文部省を廃止するぞぉ!」
教育から「国家権力の手を引かせる」ことが目的なのに大学までを「義務教育化」とはこれいかに? なんてボンクラは頭を抱えてしまうのですけど、こうした犯人のバカっぷりに実は大いなる仕掛けがあって、――というところが気づかない前半の展開はなかなかに辛く、また美意子タン獨得の讀點満載の奇妙な文体には都筑御大も眞っ青、という代物でありますから讀みにくいことこのうえない。
物語は基本的に、着ぐるみ集團に人質にされた連中の視點から描いたパートと、デパート突入を畫策する警察とのシーンとを交互に描きながら進み、その途中にやや意味不明のパートが挿入されているのですけども、「殺人ピエロ」ではマッタク活かされていなかったこうした多視點の結構が、本作では後半に明らかにされる仕掛けとしてシッカリと機能しているところも好印象。
ただ、本作はデパート・ジャックというタイトルにもある通り、サスペンスを基調にした構成ゆえ、本作を本格ミステリとして評価する人も少ないのではないかと危惧され、――というのも、犯人集團のパートでは一人やたらとギャアギャアと喚き立てる女がいて、犯人とこのババアとの脱力漫才が幾たびも演ぜられるゆえ、このあたりの風格から「殺人ピエロ」の悪夢を思い出して鬱になる讀者が大半ではないかと推察されるものの、ご安心を。
本作では、こうした脱力の風格がそのまま最後の最後で見事な伏線へと轉じるというアクロバットを演じておりまして、個人的にはどうしたって、これをあの「殺人ピエロ」の美意子タンが書いたとはイメージできず、また前半の脱力めいたドタバタと、そうしたドタバタが見事に本格ミステリ的な結構へと轉じる後半との乖離は相当に激しく、またこうした差異は文体にも感じられるゆえ、これって案外、ミステリマニアである美意子タンのパパか、あるいは美意子タンの家庭教師のボーイか、はたまたずっと作家デビューの機会を虎視眈々と狙っていた宝島社の担当編集者氏がこれを好機とばかりに自らの才能を爆発させたのか、……まあ、そうした邪推はおいといて(苦笑)、いずれにせよ、前半のいかにも美意子タン的な風格をミスディレクションとして後半の本格ミステリ的な眞相開示においてはそれらを犯人の奸計へと變轉させる技法は非常に巧みで、これだけでも本作は讀む價値アリ、だと思います。
本作は上にも述べた通り、脱力のドタバタ劇を前面に押し出したサスペンスとして描き進めているがゆえに、樣々な「違和」――、例えば犯人が目隱しをして人質たちを移動させた理由をはじめとした事柄をさりげなく書き流している譯ですけども、このあたりの仕掛けも秀逸です。特に動機の隱蔽に關しては、「殺人ピエロ」を彷彿とさせる脱力の構成が絶妙な效果をあげていて、犯人の「文部省を廃止」というバカみたいな要求の背後に隠された真意を最後に探偵がしたり顏で暴いていくところには本当に吃驚でした。
またもうひとつ意外であったところというと、本作ではこうした脱力の風格に相反して、作中で唯一人の人死にがあるのですけど、このハプニングに仕込まれたトリックが明かされるとともに、ある人物の悲哀のドラマが立ち上ってくるという本格ミステリならではの技法でありまして、讀了後、再び最初の頁に立ち戻り、作者が添えていた「アイムソーリー」の真意が判明するところでは涙、――というのは大袈裟ながら(爆)、フザけていながらも美意子タンもこんな高度な人間描写が出來るんだ、と感心至極。
という譯で、確かに前半は美意子タン獨得の文体と脱力に過ぎるドタバタ劇の「外觀」に讀むのも辛く、讀みおわったら散々にケナしてやろうなんて身構えていたものの、最後の最後に本格ミステリへと見事な變容を見せる結構にすっかりヤられてしまいました。まあ、マッタク期待していなかった、というか、クズミスとして大いに期待していたがゆえに、そうした邪な期待を見事に裏切られたということもあるとはいえ、一編の本格ミステリとしてもよく出來ていると思います。
美意子タンの作品、ということで大方本作を手にとってくれるのは自分のような地雷處理班か、或いは餘程の病的な好事家ばかりかと推察されるものの、個人的には美意子タンの名を借りて本作の後半に見事な本格ミステリとしての技法を見せてくれた影の作者である美意子タンのパパか、はたまた家庭教師か、或いは編集者氏を讃えて、フツーの讀者にも手にとってみることをここではオススメしたいと思います。
という譯で本作、クズミスとしての期待は見事に裏切られてしまったゆえ、こるもの大明神の爆走に待ったをかけられるのは美意子タンしかいないッ、と信じていた自分としては、当プチブログで美意子タンの新作レビューを心持ちにしていたクズミスマニアの方々には大變申し譯なく思うものの、本作はクズミスにあらず、とここで断言する必要がありそうです。
やはり本年度のクズミスはこるもの大明神の壓勝なのかもしれません。来月にリリースが待たれる「フォークの先、希望の後 THANATOS」が「まごころを、君に」を超えるクズミスぶりなのかに大注目な譯ですけど、自分の中では「まごころを、君に」と、短編の技巧派から長編のダメミス王子へと凋落しつつある蒼井上鷹氏の「まだ殺してやらない」はクズミスぶりではほぼ互角だったりするので(苦笑)、「フォークの先、希望の後」が「まごころ」を凌ぐクズっぷりなのか、それとも次作では本格ミステリからの離脱を畫策し、将来は「アクアライフ」誌に「こるもの日和」(オエッ)なんていう軽いミステリーエッセイを連載、さかなクンや千石先生とお魚対談を繰り広げていくのか、はたまた……と大明神の次なる一手に興味は尽きないのでありました。