「うしろ」に續く平仮名タイトルに漢字ドリルをブチ込んだクラニー流ホラー。「うしろ」では韓流ヒロインの兄イのネタが最後の悪霊との対決シーンで思わぬ連關を見せるという、伏線に拘りまくる倉阪氏の真骨頂を見せつけられて大いに笑わせてもらったのですけども、本作の場合、笑いのネタはどちらかというと控えめで、その代わりに漢字ドリルは三倍増し。最後の最後、悪鬼との対決シーンではもう勘弁、というほどにお腹イッパイ、という作品ゆえ、これまたいつも以上に讀者を選ぶ一冊といえるかもしれません。
物語はこれまた例によって曰く付きの中古物件に越してきた家族が奈落に堕ちるというもので、この家族というのが旦那は校閲プロダクションの派遣社員という設定、さらには猫ネタも交えてあるゆえ、いやでもこの旦那に作者である倉阪氏の風貌をイメージしてしまう譯ですけども、どちらかというと主人公の奥様の方に描写の力点がおかれてい、中盤、彼女が俳句から様々なイメージを喚起させた「讀み」を披露してみせるあたりが案外、怪談の「讀み」の技法にも通じるように感じられてチとニンマリ。
物語の展開についてはいつもながらの調子ゆえ、あまり多くを語ることもないのですけど、ある意味、大石センセと同様、偉大なるワンパターン化しつつある倉阪ホラーの中でも本作ではフォントいじりと漢字ドリルのブチ込み方がいつになく凄まじいところに注目でしょう。
「文字禍」から本作までこうしたクラニー流の漢字遊びは數あれど、改行なし句読点なしの怨霊女の呟きから、後半、陰陽師さながらの気合いと呪文を交えた漢字ドリルに至るまで、本作におけるその激しさは「ゲラゲラ。アイディアが思い浮かばないから漢字で誤魔化しているだけなんじゃねえの」なんて苦笑してしまうほどの悪ノリぶり。
改行なしといっても、言うなれば本作のタイトルにもなっている「すきま」を埋めるためという大義名分、アリバイづくりも鉄壁で、ひらがなばかりの女の呟きにもたいした意味はありませんゆえ、このあたりで一文一文にじっくりと讀み通す必要はまったくナシ、頁を開いた刹那に飛び込んでくる活字の塊をイメージしてとらえれば良い譯で、改行なしにお魚の蘊蓄を延々と垂れ流しては讀者に散々な苦労を強いた挙げ句、そのオチからミステリ的な謎解きに至るまでの総てが脱力のクズミス三昧、という壯絶なガッカリぶりを見せつけてくれたこるもの大明神の「まごころを、君に THANATOS」とはまったくコンセプトからして異なるゆえ、こうした倉阪氏の漢字ドリルの初心者でもご心配なく。
フルチ御大もご満悦であろう定番のスプラッタ・ネタも舌から目玉からくりぬかれた子供のゲロ死体、なんてあたりは「サンゲリア」の蛆虫化粧を施したゾンビ顔に通じるものもあるし、ハサミ女のイヤっぽさは何だか楳図センセの「神の左手悪魔の右手」の「ハサミ」に出てきた婆さんとか「座敷女」を彷彿とさせるという具合に、本作に提示されている俳句ネタと同様、讀者は様々なイメージを頭ン中から引き出しつつ、ニヤニヤと緩く笑いながら愉しむ、という讀みが吉、でしょう。
個人的には本作、「うしろ」と違って笑いが足りなかったのがやや不満ながら、角川ホラー文庫のフツーのホラーを愉しみたい、という讀者には意外と評價が高いかもしれません。倉阪氏のコアな笑いを求めるファンには物足りなく感じられるものの、漢字ドリルは大増量という鹽梅でありますので、そちらをご所望の方にオススメしておきたいと思います。