デビュー作「パラダイス・クローズド」は、本格ミステリを斜めに構えた視點やその批評性がツボだった譯ですけども、さて第二作となる本作はどうかというと、――結論からいうと微妙、というか、微妙過ぎて、個人的には完全にアウトでしたよ。
なのであまり多くを語りたくないのですけど、とりあえず前作の本格ミステリのお約束を皮肉った風格やその批評性を愉しめた方が本作を讀まれる前に注意事項として目を通していただければ、という意味を込めて少しばかり書き留めておきたいと思います。
物語は、コロシだコロシだと大騒ぎを始める冒頭からその事件も殺されたのがお魚だったという脱力の展開からスタート。ガイシャがお魚とあれば、作者の十八番であるお魚蘊蓄はもうブレーキの効かないダンプカーのごとくに暴走を始め、本物の殺人事件が発生する中盤までは熱帯魚の飼育方法から何から、とにかくお魚に興味のない讀者には格別の苦行を強いるという偏執ぶり。
これがまほろ小説だったら、キワモノマニア的視點からその脱力の文体や、「うげら」「はふう」といったお約束の台詞を愉しむことが出來たりする譯ですけども、こるもの小説の文体にはキワモノを惹きつけるほどの魅力は乏しく、ただただ改行もなしに延々と垂れ流されるお魚の蘊蓄も「アクアライフ」を愛読していないタダのミステリマニアにしてみればまさに苦痛。
前作ではお魚の蘊蓄も含めた衒學の「語り」そのものが後半に大開陳される仕掛けに大きく絡んでい、自分はそのあたりを大いに評價した譯ですけども、本作では、確かに冒頭に語られる殺魚事件が後半の事件で使用されるトリックに連關しているとはいえ、「語り」の結構そのものをメタ的な趣向によって仕掛けへと昇華させていた前作に比較すると、本作では衒學はタダの衒學でしかありませんから、ここで饒舌な語りを垂れ流すのも、お魚に關心のない自分のような門外漢にしてみれば「お魚に關心のないアンポンタンはこれ以上先は讀むべからず」と宣言されているようなものでしかありません。というか、そもそも本筋の事件が発生する中盤まで我慢して辿り着くことが出來る方が果たしてどれほどおられるのか、――個人的にはこのあたりの構成にかなりの疑問を感じてしまいますよ。
中盤に至ってようやく事件が発生、という破格の構成は最近のメフィスト作品では珍しくないし、実際まほろ先輩の最新作「探偵小説のためのエチュード「水剋火」」もそうした最近の流れのなかにある譯ですけども、「水剋火」の場合、そうした破格の構成の中にも、陰陽師と悪霊の対決などといった見せ場をシッカリと用意して中盤までの展開においても讀者の關心を・壓ぎ止めていたことを思い返すに、事件の発生する学園祭の準備の様子を描写することさえ脇においやって、ただただ冗長なお魚の蘊蓄を延々と流してしまう本作の構成は、やはりお魚に關心のない本格ファンにはチと辛すぎるものがあると思うのですが如何でしょう。
で、事件の方はド派手に爆弾を使ったものながら、これも何だか微妙に「水剋火」とカブっているような気がするものの、このあたりはまア、仕方がないとしても、そこで使われたトリックがこれまた苦笑至極という代物で、――ここに前作で見せてくれた斜めに構えた視點が置かれていれば愉しめるものの、お魚に絡めたブツから犯人を限定していく推理のシーンもアッサリと流してしまうところが勿体ない。
前半で延々と語っていたグッピー話から犯人の心の暗部を照射してみせるという推理の後半は秀逸ながら、そもそも双子探偵に双子を重ねるという、双子のインフレ状態から事件の構図を組み上げていくところに無理があるような気がします。前作では、死に神に探偵という対のキャラと、衒學に双子を絡めた仕掛けが本格ミステリのお約束をひっくり返してみせるという旨さを見せていた譯ですけど、本作では本格ミステリのお約束に批評眼を向けて事件を構成していくという企みが完全に抜け落ちていて、ただただお魚の蘊蓄を増量させただけ、というところが残念、というか、――もしかして、そもそも作者は本格ミステリとかにはアンマリ關心がなくて、ただお魚に關して語りたいだけなのでは、なんて考えてしまいました。
また今回は「語り」に關しても揺らぎがあって、前作では本格ミステリ的な物語世界を常識的な視點から眺めつつ、見事な皮肉をカマしていた刑事の役割が激減しており、それによって前作の持っていた本格ミステリに對する批評性を欠落した風格へと流れてしまったような気がします。
さらにシェイクスピアを引用して大仰を装ってみせたところも、まほろ小説に比較すると弱いし、――と、何だか前作にあった批評性を完全に欠落させた本作は、その衒學性、ヌルいキャラ、台詞まわしのユニークさと、そのすべてがまほろ小説を薄味にしたような風格であるところがかなりアレで、個人的にはもしかしたら處女作はひとつの奇蹟だったのカモ、とションボリしてしまうような一作でありました。
前作の批評性や、本格ミステリのお約束を皮肉ってみせた風格などに本格ミステリへの愛を感じてこるもの小説を評價した人であれば尚更、本作はスルーした方がいいカモしれません。ただ、「アクアライフ」を愛読し、本格ミステリには大して關心がない、という方であれば大満足出來るのかどうか、――このあたりはお魚マニアの意見を待ちたいと思います。
ダメミスというよりは自分にとってはごくごく普通のクズミスで、個人的にはかなり残念な一冊でありました。ツマらない作品を讀むことが何よりの至福、という病的なマニアにのみオススメしたいと思います。という譯で、自分のようにクズミス、ダメミスのそのクズぶりやダメっぷりをニヤニヤしながら愉しむというような方はスルーしておいた方が賢明、でしょう。