キ印博士や前向性健忘症の男など、探偵の造詣だけでも相當にハジけていて、そこにバカミスやグロ風味も交えた奇想SF的な舞台で展開される超絶推理もアリと一筋繩ではいかない奇天烈な作品をズラリと取り揃えた一册ながら、実は原理主義者もフツーに愉しめるであろう逸品に仕上がっているところが奇跡的。
これはひとえに一編一編のテーマを作者がタイトルとともにハッキリと明示しているためでありまして、収録作はオーソドックスな犯人當てを突き詰めた「大きな森の小さな密室」、倒叙の形式を採りながら犯人のもくろみと探偵の推理のズレが奇妙な展開を引き起こす「氷橋」、頭の足りない馬鹿女がコロシに卷きこまれる「自らの伝言」。
そもそもの謎の建て方がズレまくっているところから凄まじいバカミスが流れ出す「更新世の殺人」、現場檢証や物的証拠は殆どスッ飛ばして論理學のレクチャーのみで奇天烈な謎解きが大開陳される「正直者の殺人」、グロSFの奇想を軸にして精緻な推理に見所を詰め込んだ「遺体の代弁者」、日常の謎を掲げつつも、探偵の造詣に工夫を凝らした捻れが壯絶な眩暈を引き起こす「路上に捨てられたパン屑の研究」の全七編。
それぞれに「犯人当て」、「倒叙ミステリ」、「安楽椅子探偵」、「バカミス」、「??ミステリ」、「SFミステリ」、「日常の謎」というふうにタイトルともとにテーマが明快に掲げられているところが本作の大きな趣向のひとつでもありまして、讀む側もとりあえず余計な詮索はせずにこのテーマに添って頁をめくっていけばまず確実に愉しめるという親切設計も好印象。
とくにバカミスやメタな視点を活かした作品となると、原理主義者などはその作者の企みが明らかにされた瞬間に怒り出すというふうなことが往々にしてあったりする譯ですけども、本作においてはこのテーマを事前に明かしているあるゆえ、このような作者の企みと読者との間に齟齬が起こる心配もひとまずありません。
とはいえ、單純にそのテーマをトレースしただけではないところがやはり小林氏らしいイジワルさで、例えば倒叙ミステリと掲げられた「氷橋」などは、冒頭、犯人がしっかりと犯行を爲し遂げた後、その犯行を隱蔽するための工作を行ったであろうことがほのめかされます。
しかしそこで何を行ったのかはボカしながら探偵側の推理を平行して語りつつ、次第にその犯人の隠蔽工作の意図が徐々に明かされていくという結構で、そこに奇天烈探偵を登場させて、犯人の意図と探偵の思惑とのズレが奇妙な捻れをつくりだしていく課程を描き出しているところが面白い。このズレがやがて犯人の犯行を解き明かす推理へと繋がっていく仕掛けも巧妙で、このあたりの倒叙の構成を生眞面目に踏襲しながらも、語りに工夫を凝らすことでさらに深みを増している風格も素晴らしい。
安楽椅子探偵の趣向を前面に押し出した「自らの伝言」は、安楽椅子探偵ものといいつつ、事件が発生してそのネタが探偵に持ち込まれるというノーマルな構成を崩し、事件が発生する以前の「仕込み」から物語を説き起こしているところが秀逸です。そこに後のコロシの謎解きへと繋がる伏線を凝らしているところもうまく、頭のイカれた男に振り回されるバカ女と彼女に色々と言い聞かせる女の二人の会話を前半に描き出すことによって、その後の事件に繋がる「探偵」役に絶妙な誤導を見せながら、意外なかたちで「犯人」と「探偵」が姿を現す構図もステキです。
「更新世の殺人」は、推理の後に開示される眞相がバカというより、そもそもの謎の起点からして最高にバカ過ぎる一編です。この謎の樣態にバカ過ぎるズレをブチ込み、そこから推理が流れていくという破格の構成からして大笑いしてしまうのですけど、精緻な論理によって解き明かされる眞相もまたバカ過ぎ。
しかしこの眞相だけに目を凝らせば意外に「これって島田御大の二十一世紀本格?」とも見える激しさで、犯人の惡足掻きにブラックなオチを添えてみせるところなど、収録作の中では一番のお氣に入りのともいえる逸品です。
唯一、讀む前に作品の趣向が判然としないのが「??ミステリ」と添えられた「正直者の逆説」なのですけど、事件の骨格は嵐の山莊をトレースした實直さながら、ここにメタや小林ワールドの探偵を連關させたお遊びが導入され、コロシの現場検証やら一般のミステリ的なお約束もスッ飛ばし、まさに論理ゲームだけで犯人当てが行われるという奇天烈過ぎる展開で見せてくれます。何だか柳ミステリの「百万のマルコ」の趣向をさらに突き進めたような濃厚さがこれまたたまらない逸品でしょう。
タイトルのマンマに路上に捨てられていたパン屑の謎を解くという「日常の謎」というテーマを忠實に踏襲した作品ながら、探偵の造詣に黒さを凝らした一編が「路上に放置されたパン屑の研究」で、これはすぐにネタが分かってしまうとはいえ、「探偵」と事件を持ち込んできたとある人物との奇妙に過ぎる関係が最後に兇惡な黒さを引き起こすという何ともイヤーな感じの作品です。
いずれも奇天烈な探偵の造詣をキモとしてそれぞれの作品に掲げられたテーマを見事に活かしつつ、そこにまた絶妙な仕掛けを凝らした逸品を集めてい、あまり深く考えずにテーマに添った讀みをしても愉しめるし、その奧にあるブラックさや作者の巧妙な仕掛けを讀み説くのもアリ、という譯で、原理主義者にも、また現代本格を讀みなれた方にもおいしい一册といえるのではないでしょうか。オススメ、でしょう。