「沈底魚」の方は未讀なので何ともいえないんですけど、個人的にはホラー小説大賞短篇賞の本作は自分的にはちょっとアレでしたよ。収録作は、個人が株として上場されているという不条理世界での男の奈落を描いた「暴落」、ビルの間隙に手錠で繋がれて放置されるという謂われ無き拷問の果て「受難」、テングとブタに二分された差別社会と自己臭症に悩む男のリアルワールドが連結する「鼻」の全三編。
構成に巧さを見せるのがホラー小説短篇賞を受賞した「鼻」で、その名前の印象からすれば、普通はブタの方がテングに差別されるんじゃないのという大方の予想を裏切るかたちで、テングの方が被差別であるという設定が秀逸ながら、この差別社会がどうにも上面だけのものに感じられてしまうところが個人的にはちょっとアレ。
勿論このベタベタでありきたりな舞台の設定にはシッカリと理由があって、それがゴシック体で描かれるもう一つのシーンとの連關に大きく關わっているのですけど、このあたりのオチの決め方であれば平山センセの方が、……というフウに不条理な悪夢世界という點ではどうしても平山センセと比較してしまう自分も自分なのですけど、「ミサイルマン」や「他人事」を讀了した後とあっては、どうしてもこのあたりが氣になってしまいます。
ただ、解説で大森氏が述べている通りに、二つの世界が「シンクロし、しだいに接近してゆく書きっぷりが実にうま」く、いかにもこの系統の小説を書き慣れた巧さが光ります。ただそれ故にさらさらと気軽に書き流してしまったような印象を個人的には感じてしまい、このあたりと舞台世界の上面ばかりの設定がどうにも気に掛かってしまったゆえ、衝撃の暗黒な結末にも今ひとつ満足出来なかったというか何というか、……もっとも先ほどから上面上面と繰り返しているところに関しても、大森氏の言葉を借りればここに「映画『トゥモロー・ワールド』の未来にも匹敵する生々しいリアリティと迫力」を感じることが出来れば沒問題だと思います。
それでもやはり上面とか紋切り型という言葉で表現したくなってしまうのは、「暴落」も同様で、個人が株として上場され、その行動も含めたところでその價値が決められてしまうというSF的奇想は筒井康隆にも通じるものの、株といえばコレだよねとド素人でも予測出來るようなネタしか投入されていないところに物足りなさを感じてしまいます。
フツーに新聞を讀んでいるリーマンであれば、インサイダー取引とか風説の流布なんていうのはネタとして思いつくことが出來る譯で、このあたりで一捻りもなく前半を進めてしまうあたりが個人的にはちょっとアレ、――というか、この定番尽くしの前半部はあくまでツマのようなもので、この作品では何だかトンデモない怪我をして入院していると思しき男はいったい何故此処にいるのか、とそのあたりを男が自ら語り出していくという構成がミソで、少ない登場人物と語られていく男の過去が意外な連關を見せていくところが面白い。
といいながらそれでも最後のオチはこれまた予想通りだし、平山センセほどの濃厚なテイストは感じられないところがちょっとアレで、さらにいうと平山センセの場合、不条理の中から人間の非情や悲哀と樣々なものが立ち上ってくる様がファンとしてはタマらない譯で、敢えて人間を深く描かずに物語を流してしまうところも些か物足りないというか盛り上がれませんでしたよ。
というかんじで、「他人事」に「秋の牢獄」に「死者のための音楽」と樣々な仕掛けを凝らした結構によって人間の非業や悲哀を描き出した最近の傑作を讀了した後では、どうにも物足りなさを感じてしまった自分は完全に負け組、というか讀むタイミングを外してしまったような気がしまってちょっと鬱。
あまり深く考えずにワンアイディアに紋切り型のディテールを乘せた安心の風格を愉しむべき一冊といえるでしょう。