完全制覇を目指して讀み進めているふしぎ文学館シリーズなのですけど、本作のキワモノ度はかなり弱めで、ごくごく普通のホラー短編集としても愉しめるところが魅力ながら、自分的にはちょっとアレ。
収録作は、不気味OLが会社の上司をことごとくカジュアルな藁人形で呪殺するショートショート「丑の刻遊び」、バーで知り合ったオシャレ野郎に昔のカレの影を見た女の奈落「闇の中へ」、怪異の正体を新耳袋フウに纏めた手堅さが光る「視線」、巫女と姦通した男のダメ語りを極上ファンタジーへと昇華させた「常世へ……」、降霊術で降臨してきたあの人の正体が實は「降霊奇譚」、隣人娘のロリっぽい魅力に翻弄される男の末路を描いた「鬼子母神」、叔母の遺言に従った男が桜の森に怪異を見る極上綺談「桜守り」の全七編。
普通のホラー短編集といいながらも、やはりマニアとしてはキワモノっぽい風格をこのふしぎ文学館シリーズには期待してしまう譯で、収録作の中では一番キているのが「鬼子母神」。マザコンにロリコンという最強野郎が自分の趣味嗜好を隠しながらも、ネチっこく妄執を織り交ぜて語るホラー嗜好が素晴らしい。
ロリコン、マザコンといいながらも、男にはしっかり妻もいて、普通の生活しているのですけども、数年前から隣家の娘を覗き見するというピーピング・トムの愉楽に目覚めてしまったのが運の尽き。それにどうやら隣の娘も自分のことが好きなようすで、ムンムンと妄想をふくらませながらも、そういったエロい妄想をひたすら隠しながら淡々とした語りに纏めているところが秀逸です。
今は高校生カモ、という隣の娘っ子というのがこれまた強烈で、男が覗き見しているのを分かっていながら、庭で水着姿のまま日光浴をして己が柔肌を見せつけながら「まるで愛撫するようにゆっくりと、ローションを塗」ったり、「ショート・パンツ姿で庭に出て水撒きをしたり」「丸く肩の出るミニTシャツを着て、何か片付けものをしたり」といったエロい誘技を敢行、そしてついに酔っぱらって帰宅した夜に娘とキスをしてしまい、……と表面上は隣家の娘へのエロ妄想で話を進めながらその實、本当の狙いはタイトルにもあるマザコンにあるという趣向がステキです。
この作品、「妻とのディンクス生活」とか「ピタTのヘソ出しルック」なんていう、今讀むとかなりサムい用語がさりげなく添えられていて、何ともいえないキワモノのスメルを漂わせているところも個人的にはツボでした。
「桜守」も「鬼子母神」などではないものの、妙なエロスを添えているところが魅力的で、とある桜の樹の下に散骨をしてもらいたいという叔母の遺言に従った語り手が、後日、娘と二人きりでそこを訪ねると、……という話。
この語り手も「鬼子母神」と同じように、いかにも普通人らしい落ち着いた調子で淡々と話を進めていくのですけど、それでもさりげなく「娘は今度中学二年生で、三月で十四歳になる。妻に教えられて知ったが、初潮は小学校五年生の時に迎えたようだ。今はそれが普通らしい」と、叔母とも桜とも物語の本筋ともマッタク關係ないところで、娘の初潮について言及するや、デレデレと可愛い娘について喋り散らす野郎の思考は相当にアレ。
で、桜ンところで何か人影を見たという娘と一緒に森の中で迷子になると、今度は昔のオンナのことを思い出しては、これまた数行にわたってダラダラと昔の彼女のことを語り出します。
今でも、ときどき彼女のことを思い出すのは、今だに諦めきれないからだろうか。ベッドの中の彼女も素晴らしかった。その旺盛な好奇心から、様々なことを試したり追求したりした。黒い下着やガーダー・ベルトを着けて見せてくれたこともある。黒いガーダー・ベルトとストッキングの間に覗いていた肌の白さは、今も眼に鮮やかに染みている。
人影と思われた怪異の正体が明かされるものの、桜とくればアレという予想を、散骨という趣向に絡めてスライドさせて幕引きとするあたり、本筋と離れたところでエロのスパイスを効かせた風格に相反して、いかにも手堅く纏めてみせます。女へと變じていく自分の娘が醸し出すエロティシズムと昔の女のエロを、艶やかな桜の花と対照させているのでは、なんていう気取った讀み方も可能なのでしょうけど、ふしぎ文学館なのでやはりここはキワモノ嗜好を愉しみたいところです。
「闇の中へ」は、前に挙げた二作と違って、女が主人公ではあるものの、普通人を気取っていながらヘンな人、という男が登場するところはマッタク同じ。ただこちらはどうやら近所を賑わせているシリアルキラーの犯人というところが厄介で、失恋に沈んでいた女はバーで知り合ったこの男を部屋に連れ込んでしまいます。
ただこの極悪の状況に陥っても平山センセの「東京伝説」フウ鬼畜テイストが炸裂する譯でもなく、こちらの期待をしっかりとトレースするような形でオチが決まるところが物足りないといえば物足りない。
「視線」は新耳袋フウで、怪異の正体は明かされるものの、何故その怪異がそのときに現出したのか、という謎が明かされないまま幕となるところが洒落ています。部屋のなかにいるとどうにも人の視線を感じてしまうという女がその正体を知ることとなり、この怪異の所以というか因果も後半で明かされるとはいえ、では何故ソレが今になってここに現れたのかというところはマッタク分からないままに語りが終わるところが独特の味を出しています。
ふしぎ文学館シリーズに期待してしまうキワモノの激しさこそないものの、手堅いホラーの短編集として見ればなかなか愉しめると思います。