リリース當事、東氏がイチオシしていたので購入して以後、スッカリ積讀状態にあったのをようやく手にとってみた次第で、ジャケ帯には「究極のミステリ」、アマゾンの「出版社 / 著者からの内容紹介」には「究極の幻想ミステリ」とあって、いかにも自分好みの風格であることを期待させるところがところが大マルで、実際にその迷宮感や浮游感は超弩級。
物語はごくごくフツー人である語り手の僕が、フとしたことから陰謀史觀の渦卷くトンデモ世界へと引きずり込まれてしまうというお話で、先日取り上げた「〈移情閣〉ゲーム」がこういったトンデモを限りなく明るい方向に振ってのに對して、本作は永久機関やM資金などのトンデモなディテールがダウナーでイヤーな方へと流れていくところが堪りません。
社史編纂というある意味マイナーでアングラな仕事の中から、トンデモ世界への入り口を見いだしてしまった語り手の僕が、とある人物の死の眞相を調べていくうちに、……という流れ方はいかにも定番で、その死んだ人物の謎とその背後に横たわる世界の謎をミステリ的な手法で牽引していくところもまたこちらの期待通り乍ら、本作の場合、謎の提示と謎が解明されていく過程がこう、何というか確信犯的に曖昧に見せているところが個性的。
ごくごくフツーの僕を語り手に据えて、あくまでフとしたこと、ちょっとした好奇心からとある男の死の眞相に首を突っ込んでいくという設定からして、提示された謎というものに對して語り手の僕が期待している解答というのもまた曖昧で、謎というものに目を凝らしてもどうにもミステリ的な着地點が前半からマッタク見えていないところはミステリというよりは幻想小説といった方がいいのかもしれません。
次々と怪しげな人物が語り手の僕の前に現れては消えていくという展開と、このドヨーンとした、とりとめもない風格でまず思い浮かべてしまったのが安部公房の「燃えつきた地図」で、実際、主人公が謎の眞相を求めていくうちにドンドン深みにハマって最後には謎そのもののアンダーワールドに取り込まれてしまうというイヤ感溢れる幕引きもそれらしく、こういった物語が好きな人にはもうタマらないのではないでしょうか。
謎の提示が曖昧で、そこに期待されている解答の姿が判然としないところなど、正調なミステリからは外れた結構がまた、幻想ミステリマニア的には大いに痺れてしまうのですけど、さらに本作の優れているところは、連鎖的に立ち現れては次第に主人公をトンデモワールドへと引き込んでいく謎や事件の數々が、冒頭で提示されるとある人物の死と同様に、眞相や解決といった――ミステリの骨組としては最後に提示されるべきものから讀者を遠ざける為に機能しているという・莖倒ぶりにありまして、ただ奇妙な事件や謎を書き散らしているだけに見えてその實、立ち現れる事件や謎からは意図的にその眞相の姿が取り払われているように感じられます。
謎と、推理によって提示される眞相が対となって讀者の前に提示されるのがミステリの結構だとすれば、本作では謎と眞相という対の構造がこの物語の設計図の中ではシッカリとした形をなしていながら、敢えてその眞相部分を取り払ってしまったような、……とでもいうか、何ともボンクラの自分ではうまい表現が見つからないところがアレなんですけど(苦笑)、確信心的にミステリとしての結構を崩してしまったような雰圍氣が感じられます。
また記憶の中の物語とリアルが互いを侵食していくさまや、人間の人生を物語とみなしてその物語がねじくれていくさまをジックリねっとりと描き出していくところも素晴らしく、例えば、
この不可解で無気味な事実に向き合って、からだを覆いつつあった熱っぽい感覚がいきなり吹き飛んだ。二十年近く前に読んだ物語の記憶だとばかり信じていたもの、昔の記憶の内部に済んでいるはずだった人物たちのうち少なくともひとりは、実際には物語の外部に存在したのだ……。
という記述などで虚実の反轉を促せば、さらには大阪弁イコール八田(爆)、みたいな刷り込みがなされている自分みたいな輩にとっては、全編に大阪弁の亂れ飛ぶリアルの描寫がこれまた絶妙な迷宮感、浮游感を釀し出しているところもツボでした。
さらには最後の最後にこの「物語」全体の結構を明らかにして、全てを虚構の「物語」の枠組みにはめ込んでしまうという騙りの技巧も素晴らしく、その素っ氣なく書かれた後日談の中にも和製モダンホラーでは定番のアレなどのアイテムを用いて、怪異ともリアルの恐怖ともつかないおぞましさを添えて終わりとするところはもう完璧。
東氏の方向から恐怖小説としても讀みは勿論のこと、一級の幻想ミステリとしても大いに愉しめる鷹揚な風格が素晴らしい傑作といえるのではないでしょうか。