トンデモな世界設定に石持氏らしい顛倒ロジックが素晴らしい冴えを見せていた「人柱はミイラと出会う」に續く本作は、ジャケ帯に曰く「小粋なミステリー短編」。
薄味ジャケのデザインや、「小粋」なんていう言葉も添えた帯の煽り文句も含めて、何だか非常に小粒な作品集を思わせるものの、實は本格ミステリにおける「謎」と「推理」にこだわりまくった風格はある意味「人柱」以上で、個人的には非常に堪能しました。
ただ、このいかにも普通小説めいてノンビリした物語世界や雰囲気から、本格ミステリと言えば驚天動地の密室や黄金期のミステリ小説では定番ながらリアルのネット世界では嚴禁とされる一人二役や自作自演といったトリックもナッシングという結構が、本格マニアにキチンと受け入れられるか些か心配、というのもまた事實でありまして。
というのも、本作は「人柱」同様、泡坂妻夫を彷彿とさせるところが個人的には好みながら、同じ泡坂氏の小説といっても今回は亜愛一郎シリーズのようなマニア受けのする作風というよりは、普通小説の中にミステリの要素を様々に織り交ぜてみせた雰囲気が強いゆえ、謎の提示や推理の技法も含めて一見するとやや控えめに見えてしまうところから、「恋愛小説に流れた連城と同様、泡坂もダメになった」なんていうマニア的評價と同様の印象を持たれてはしまわないかと心配至極。
とはいえ、本作の場合、特に推理のプロセスや謎の提示の技法などにおいては泡坂ミステリ以上の凝り方と仕掛けで見せてくれる短編を、まさにズラリと取り揃えた一冊ゆえ、「日常の謎」ミステリも読み慣れた本格ファンであれば大いに愉しめるかと思います。
収録作は、仲間が集まり食べ物でワイワイと盛り上がるところへゲストがちょっとしたエピソードを開陳、實はそこには、……という結構で、いずれの物語にも食い物が絡んでいるというお洒落ぶりも好印象。
カキ中毒事件の裏に潜んだ黒い意志「Rのつく月には気をつけよう」、チキンラーメン散乱事件に恋愛メッセージのすれ違いを描き出した「夢のかけら 麺のかけら」、義理チョコのお返しにいただいたコチコチのフランスパンが明らかにする愛のメッセージ「火傷をしないように」、出来損ないの豚の角煮にこれまた恋愛言葉を添えた「のんびりと時間をかけて」、プロポーズの言葉にあらぬ妄想を抱いてしまったお嬢様のカン違い「身体によくても、ほどほどに」、海老アレルギーでタラコ唇になった戀人のハウダニット「悪魔のキス」、懐かしキャンプを回想しながら人間薫製事件の謎解きを行う「煙は美人の方へ」の全七編。
「人柱」では、無理矢理感やぎこちなさを醸し出していた恋愛風味が本作に収録されている短編では大胆に取り入れられ、寧ろそれをエピソードの中核に添えながら男女の心の機微やすれ違いをミステリ的な謎へと昇華させてしまうという技巧がまず素晴らしい。
恋愛にミステリといえば個人的にはまず、嘘と操りが二転三転の絢爛たる顛倒劇を見せてくれる連城ミステリを思い浮かべてしまう譯ですけども、本作ではロジック派らしい石持氏が自身の持ち味を十二分に発揮させる為、ちょっとしたエピソードの裏に相手の気持ちの真意を推理によって讀み解くという結構を構築、一編一編を非常に凝ったつくりに見せているところもまた秀逸です。
また本作では石持ミステリの真骨頂であるロジックの冴えは勿論のこと、今回は謎の提示の技法にも大注目でありまして、このあたりに本格ミステリ的な謎をいかにして普通小説の結構へなじませるかという工夫が見られるところも素晴らしい。
例えば表題作「Rのつく月には気をつけよう」では、ゲストがかつてのカキ中毒事件の顛末を語って聞かせるのですけど、その事件自体は非常にアッサリとしたものでそのまま聞き流してしまえばただの中毒事件ながら、探偵役がそのエピソードに謎を見いだしてからは石持ミステリらしいロジックが流れ出すという趣向です。
ここでは推理の課程の中にではなく、一見普通に見えるエピソードの中へ謎の「気付き」を添えてみせるという導入部が見事で、中毒事件の背後に隠されていた黒い意志を探偵が推理によって明らかにするとともに、今度はその中毒事件というエピソードの「語り」そのものをメタレベルで讀み解いてみせるという結構もまた最高。ここから本作の主題ともいえる男女の恋がイッキに立ち上ってくるところや、中毒事件を推理するための伏線を冒頭からさりげなく見せているところなど、非常に丁寧なつくりと、謎の提示に工夫が見られる仕組みも堪能したい逸品でしょう。
本作では、探偵役の男の渾名に絡めて「揚子江病」なんて呼んでいる、さりげないエピソードの中に謎を見いだしてしまうという導入部がキモで、謎の提示そのものを派手派手しく飾らないことで一見すると普通小説のような雰囲気に仕上げているところが面白い。
それでも謎が探偵役の人物によって見いだされた中盤から一気に石持ロジックが大開陳されるところには本格ファンも大満足、續く「夢のかけら 麺のかけら」も、酔っぱらったボーイがチキンラーメンを床の上にブチまけて彼女と喧嘩というエピソードが皆の前で語られるものの、そもそもこの逸話は語り手の中では「意味」を持たず、一つの出来事として終わってしまっている。それゆえそこから「謎」は立ち上がりようがない譯ですけど、ここに探偵の「気付き」によって「謎」の存在が見いだされ、その出来事の真意が明かされていきます。
この短編もまた普通小説の風格の中へいかにして「謎」を添えてみせるかという試みを個人的には大いに評價したい一編でありまして、自分などは未だに「日常の謎」ミステリというと、例の「五十円玉二十枚」のように、舞台を日常に据えているとはいえ奇妙な謎を明示した結構を持った作品をイメージしてしまうロートルゆえ(苦笑)、本作の「謎」の提示の手法に關しては非常に興味深く、また大いに愉しむことが出来ました。
一方「悪魔のキス」のように、海老アレルギーの戀人がタラコ唇になったのは何故、というフウにあからさまなかたちで謎を見せた作品でも、石持氏らしいこだわりがシッカリと感じられるところが本作の面白いところでありまして、ここでは推理の流れを「どのような方法でアレルギーの症状を起こしたのか」というハウダニットでさりげなく牽引しつつ、それを推理の後半部ではイッキにホワイダニットへと振って事件の真相を解き明かしてしまうという技法が素晴らしい。
「火傷をしないように」では、義理チョコをもらったボーイがコチコチのフランスパンをお返しにくれたのは何故、というエピソードが語られるのですけど、これもまた逸話の語り手の中ではその行為は意味づけがなされてすでに終わっている出来事ではあるとはいえ、「夢のかけら 麺のかけら」に比較すればまだ「謎」らしいかたちをとどめているところが「日常の謎」にも通じる風格ながら、ここではあからさまに過ぎるほどに伏線を張ってあるところがかなりヘン。いずれも一筋縄ではいかないほどに謎の提示や推理の流れに凝ったところを見せているあたりが石持ファンには堪らないところでしょう。
またこの中で登場人物がさらりと言ってみせる「他人のちょっとした仕草や、短い言葉からその心の内を推察するのは難しいですね」という言葉が本作に収録された短編の風格を巧みに表しているようにも思えるものの、上に何度も繰り返した通り、ド派手な謎があからさまなかたちで読者の前に提示されるという作風ではないゆえ、コテコテの本格マニアが本作の妙味を愉しめるかどうかは微妙、でしょうか。とはいえ、マニアからは普通小説だ恋愛小説だとそしられようとも泡坂連城のミステリを愛している自分としては、本作を断固、支持したいと思います。
「人柱」に比べると、本格マニアの引きは弱いかと推察されるものの、やはりその凝り方に石持氏らしさを大いに感じさせる一冊といえるのではないでしょうか。