「片眼の猿 One‐eyed monkeys 」に感じられた、飄々とした風格を前面に押し出した作品で、謎や仕掛けの強度よりは人間心理の綾を織り交ぜてうまい小説に仕上げた、――そんなかんじの一冊でしょうか。
物語は主人公の奥手君が喫茶店で友達たちとバッタリ出逢って、友人の事故死を話し合う、みたいな結構をちらつかせてスタート、この視點から見たら過去となるある出来事を交錯させながら展開していきます。
彼らの目の前で、犬が突然走り出したばかりに友達が車に轢かれてご臨終という謎も、ミステリとしての物語を牽引していくには些か弱く、最初の方はなかなかノれなかったのですけど、ホの字の彼女に對する主人公のモジモジぶりや、彼の友達のモテモテボーイも交えた人間關係がその事故をきっかけに捻れていくさまをジックリと描き出しているところはやはり流石で、讀み進めていくうちに事故死の眞相とかは何だかどうでも良くなってきます。
お互いに心の内では何かを隠しているフウで、ここから登場人物たちの關係が妙な方向に転がっていくところはまさに青春小説ならではの展開で、件の事故死の眞相に絡めてまたマタとある事態が發生し、このあたりから今まで隠されていた人間關係のドロドロぶりが明かされていくところは手慣れたものながら、……うーん、個人的にはこういう仕掛けだったらやはり連城氏の方が上ではないかなア、なんて頭を抱えてしまうのは、ひとえに自分が中年世代のオッサンで、若者たちの青春群像よりも大人のドロドロした恋愛模様を求めてしまうからでありましょう、という譯で、作中の登場人物の年齢に近しい讀者であればこのあたりの恋愛關係からたちあらわれる眞相も大いに愉しめるかと思います。
個人的にはモジモジの主人公やその友達のジゴロ君などよりも、登場人物としては本作の飄々とした風格をイッパイに体現している間宮先生がツボで、彼が学生たちの奇妙な關係の外から様々な出来事を俯瞰しつつ、最後には事件の眞相に迫っていくという展開は期待通り。
とはいえ、キワモノマニアとしては、ジゴロ君の告白の中で、「抑えているものを、ぜんぶさらけ出させたくなる。裸にして、汗まみれで……」という台詞には、「爽やか青年の道尾氏もこういう暗黒面を持っていたりするんだ。グフグフ」なんて思わずほくそ笑んでしまいましたよ(爆)。
事件の真相解明に大きく絡んでいるのが、動物の一見すると奇妙な行動なのですけど、このあたりも何だか寿行センセの初期作なんかを讀み慣れている自分としてはちょっと複雑な気持ちでありまして、確かに件の事故をひとつの謎として捉えた場合、この動物ネタで眞相が明らかにされるという結構は本格ミステリ的には秀逸ながら、寿行センセ的な奇特なネタでハジけている譯でもなし、やや物足りなさを感じてしまったところはちょっとアレ。
もっともこれもまた上に述べた通り、自分のやや特殊な読書遍歴によるものゆえ、ごくごく普通のミステリファンであれば、本作で大胆に取り入れられているこのネタにも感心することが出來るのではないかと思います。
で、物語の外枠に凝らされた大ネタに關しては殆ど意味ナシというか、あと一歩間違えばウケ狙いとも思われかねない仕掛けながら、これもまたある意味、道尾氏の風格なのかなア、という氣がしてきましたよ。「向日葵」で必然性を持っていたネタが、「片眼の猿 One‐eyed monkeys 」では物語の中心軸からは乖離したところでイキナリこのネタがカまされるという不意打ちで最後の最期に讀者を口ポカンにさせるという道尾氏の稚氣が、本作では「もしかしてこれって小説や映画では定番のアレですかッ」と讀者が拳を振り上げそうになったところで再びどんでん返しを見せるという周到ぶり。
すでにある意味、中町センセのアレ系の仕掛けと同様、必然性もすっ飛ばして定番のネタと化しているところがまたなきにしもらず、なんですけど、この定番ネタを再びひっくり返したところから爽快な青春小説の風格へと回歸していく構成は素晴らしい。
敢えて「片眼の猿 One‐eyed monkeys 」で試みた飄々とした風格で、この輕さの中に登場人物たちの心の重みをしっかりと描いているところはやはり道尾ミステリだと思わせるし、個人的には「シャドウ」のようにもう少し暗黒面を際だたせた作品の方が好みながら、おそらく「片眼の猿 One‐eyed monkeys 」や本作のような作風の方がよりメジャー受けするような氣がします。道尾ミステリの真骨頂ともいえる輕さの中の重み、そして必然性を放擲した中町センセ的な定番ネタへと轉じつつある例のネタもシッカリと添えてあるところから、道尾氏のファンであれば安心して手に取ることも出來る一冊といえるのではないでしょうか。
上にも述べた通りに、個人的には色々と物足りないところがあったりするんですけど、謎の大きさよりも、人間心理の綾に焦點を當てた小技の連續に流れた風格から、これは本格ミステリではない、なんて意見も出てくるような氣がするのですけど、実際、本格マニアからすれば、連城氏の恋愛小説などは断じて本格ミステリではなかったりする譯で、このあたりから世間が本作をどのように評價するのか興味のあるところです。