「4X4MAGAZINE」創刊三十周年記念という譯でもないのですけど、今日は寿行センセの傑作長編「垰」の続編である本作を取り上げてみたいと思います。続編とはいえ文庫でも結構ボリュームのあった「垰」に比較すると本作の長さは半分ほど。
ノッケから愛車のゴールデン・イーグルを駆っていると、暴走族の若造どもがバイクをブイブイいわせて娘っ子を取り囲んでいるところに遭遇、――って、このあたりの書き出しは「垰」とマッタク同じながら、この後の展開がいい。例によってゴールデン・イーグルで族の野郞どもを蹴散らした後、主人公は男どもに追いかけ回されることになるのですけど、何でもゴールデン・イーグルに駆逐された族の若造の一人というのがヤクザの親分の戀人(要するに男色)で、件の事件がトラウマとなってインポになってしまったのだという。
親分は若造に組み敷かれて後ろからアレされるという男色プレイが出來なくなったことに激昂、戀人の若造のインポを治すにはゴールデン・イーグルを捕まえて、そいつをブチ壊すより術はないと確信、ランクルを調達してゴールデン・イーグルを追いかけるも、こちらの期待通りにヤクザの親分は逆襲に遭ってしまって満身創痍。
そもそもが腕っ節の良い連中を揃えて主人公をとらえてやろうとハリきっても、喧嘩は達者、しかし四駆の制御もマトモに出來ないようなボンクラではどう考えても勝てる筈がありません。しかしこの前半部のヤクザの親分との命を賭けた戦いが後半に入ると一轉して、寿行ワールドでは定番の男二人のコンビを組んで真の敵へと立ち向かっていく展開がステキです。
前半に出てくるシリアル・キラーの造詣も凄まじいものの、まだまだこちらは人間界の住人で人智を超えた能力を使いこなせるような怪物ではありませんでしたが、しかし後半、主人公の娘を殺したとおぼしき連中は怪しげな呪術を駆使するグループで、陰謀論に入れ込んでいるキ印婆を筆頭にゴールデン・イーグルという文明の利器で相対するには分が悪い。相手をにらみつけただけで金縛りをさせたりといった妖術を使う敵に、果たして主人公はゴールデン・イーグルをどのように駆使するのかが後半最大の見所でしょう。
で、くだんの妖術を撃退する為にジープを改造してトンデモな奇襲に打って出るのですけど、ここで相棒となったヤクザの親分がわめき散らす台詞がまた最高。寿行センセらしいユーモア溢れる台詞の數々にマニアはグフグフ笑いがとまりません。定番の「バカタレ!」から「バカタレのアホたれ!」、「まぬけ野郞!」「毛虫野郞のゲシゲジ野郞」、そして放送禁止用語の大盤振る舞いから罵詈雑言はますますエスカレート、以下四文字言葉は自粛しながら簡單に引用にすると、
「田中がどうしたと!ふざけるんじゃねえ!成田空港がなんだ!なんだってんだ!税金返せってんだ、この野郞!暴力団を国会で認めろってんだ!そうよ!この野郞!狭い日本をそんなに急いでどこへ行こうてんだ!ちきしょうめ!てめえら、(自粛)おれと来た日にゃおめえら、朝昼夜にやってらァ!女の尻知っとるのかてめえら!」
「諸物価値値上げ反対だ!ちきしょうめ!毎度おなじみのちり紙効果だてんだ!ホカホカ弁当だてんだ!国会で暴力団に麻薬取扱許可書を出せってんだ!強姦しほうだいの決議をしろってんだ……このバタカレ!女に突っ込みてえんだ!男根さまだてんだ!不義密通はいけねえってんだ、この野郞!清き一票を(自粛)……曾美加久堂野郞は鏖殺しにしろってんだ!てめえらステーキ喰ったことあるかってんだ……(以下略)」
ラスボスとの一騎打ちが妙に呆気ないかたちで終わってしまうところは物足りないものの、寿行的にはこの意外なほどの呆気なさもまた味のひとつで、呪術師集団から國家陰謀論までブチ込んでのやりたい放題ぶりが堪りません。
主人公秋葉文七の無類の格好良さは勿論なんですけど、ホモ野郞のヤクザの親分が秋葉との出会いによって見事な相方へと転じるところや、シリアル・キラーの悲哀もシッカリと描かれているところなどもまた秀逸、「だった」で終わる過去形の短い文章を打ち込んでいく獨特のリズム感ある文体も、秋葉の亡き娘を思う悲哀と慟哭を静かに描き出しているところも素晴らしい。解説によると寿行センセ自身「これがオレの代表作なんだ」と言っていたことも納得の「垰」シリーズ第二弾、「垰」を讀了していればやはりマストの一冊といえるのではないでしょうか。