「呪怨」のノベライズの他、「殺人勤務医」、「自由殺人」、「湘南人肉医」という鬼畜系の作品を角川ホラー文庫から續々と出している大石圭ですが、その中にあって、これは、居たたまれない話乍らも何處か切ない物語。大石圭を初めて讀んだのは、「殺人勤務医」でしたが、醫者が主人公ではないという點でも、この作品、ちょっとホラー文庫の中では一風變わった作品といえるでしょう。
何よりもこの主人公の根暗さが際だっていて宜しい。そしてその行動の唐突さ、更にはその行動の後の周到さ。明らかに普通の人の思考ではないのだけども、彼女に対する一途な、餘りに一途な気持ちに心打たれてしまう。この作品、ホラーといふよりは純愛をテーマにした戀愛小説と考えるべきだと思います。
物語は主人公、ヒロイン、そして時折挿入されるヒロインの旦那の視點が交互に挿入されて進んで行きます。マンダリンの珈琲、熱帶魚など、この後の大石作品の中にも度々登場することになるアイテムを見つけるのも面白いでしょう。
人物設定といえばこの旦那。そうそう、と思はず膝を叩いてしまう程よく出來ていて、例えば彼の愛車はトヨタのランクルなのですが、この小説の時代設定から鑑みれば、このランクル、絶對にカンガルーバーがついているでしょうね。強面の四駆を乘りまわす暴力夫という設定は素晴らしい。
そしてこのヒロイン。白のワンピースにゴルチエの香水。自分はモデルの田波京子をイメージし乍ら讀み進めて行ったのですが、というのも、この本を讀み始めた折、コンビニで偶然、白のワンピースを着てCLASSYの表紙を飾っている彼女の姿を見つけてしまったのであります。このヒロインが本當に良い味を出していて、旦那の暴力を振り切って家出をした後、電話でこの旦那と話をするのですが、彼と話しているうちに今までの憤懣が爆発し、ふざけるんじゃねえよ、みたいに突然蓮っ葉な口調になったりする。こういうヒロインの造型は大石圭の小説に共通する處のようで、「自由殺人」のヒロインも確か、犯人に捕まった挙げ句に無理難題を押しつけられ、「畜生、畜生」と齒軋りする場面がありましたっけ。
小説の結末は當に作者のいあ「絶望的なハツピーエンド」なのですが、何か清々しく、また切ない。「殺人勤務医」のような鬼畜系の作品は確かに大石圭の眞骨頂なのでしょうが、個人的にはこの作品のような切ない、しかしひねくれた純愛ものをもっと書いてもらいたいものですねえ。