傑作との評判は聞いていても、機会がなくて讀み逃している本というのがあって、本書、そしてこの作者の谺健二の作品群というのは自分にとってそのテの作品でありまして、……讀後、解説に目を通して気がついたのですけども、氷川透、柄刀一と谺健二の三人は第8回鮎川哲也賞の出身だったのですね。最近氷川透はすっかりハマってしまったし、柄刀一はまだ未讀なのですけども、最近出た御手洗とホームズの贋作もの「御手洗潔対シャーロック・ホームズ」には興味があるし、今度挑戦してみようと思います。
さて、このときの選考委員は、島田莊司、綾辻行人、有栖川有栖という超豪華な顏ぶれで、選考はもめた、と本書の單行本の方の後書きにあったのをつい昨日讀みました。光文社から出ている文庫の方には選考委員のコメントはないのですが、この解説は各人の考え方、また選考委に挑む時の作戰などがあきらかになっていて大変興味深いものでした。一讀をお勸めします。
で、本書の内容なのですが、あの阪神大震災のときに起こったという連続殺人事件を描いたものなのですが、解説にもある通り、地震が発生するまでを「それまで」というひとつの章にまとめ、事件と震災が発生したその時間に起こった出来事を「そのとき」、そして最後に「それから」という三つの章からなっています。第一章に相當する「それまで」は台詞もなく、淡々と登場人物の生い立ちが語られているのですが、これだけで結構引き込まれてしまいました。というのも、この作品、何か舊い小説の香氣がするのですよねえ。半村良とか中井英夫とか。おそらくはこの文体とひとつひとつ事柄の描写に歸因するものだと思うのですけど、これがいい。で著者紹介のところを見たら、六十年のうまれとのこと。ああ、結構年配のひとだったのですねえ。こういう安定した文章は若者では書けませんよ。
またトリックがこれまた島田莊司的というか、モロ島田莊司のあの作品からインスパイアされたのではないか、と思われるものなのですけど、これもいい。犯人はあまり意外な氣がしなかったのですけど、蘇る死體とか、消失した死體とか、磔にされた死體とか、とにかくこういう細かいところも島田莊司的。またたぶんに社會派的要素を含んでいるところも島田莊司的。探偵が占いやっているところも島田莊司的。
かといって島田莊司と同じかというと、舞台が震災の神戸というのもあるんですけども、島田莊司にあるようなユーモアがない。これを良いとするか悪いとするかはもう少しほかの作品を見てみないとなにともいえませんけど、重量級の大傑作をものにする可能性のある書き手であることは確實でしょう。